二人目の妖精おじさんは嫌われ者の変人

岸田:二人目の妖精おじさんは、近くの整骨院の先生で、嫌われ者の変人です。塾代わりに居酒屋で酔っ払いながら勉強を教えてくれたおかげで、成績が急上昇して大学に受かったんです。日本で唯一、経営と福祉を学べる関西学院大学人間福祉学科に行けたのは、この先生のおかげでした。

 でも、めっちゃ変な人でしたけどね。「勉強は教わろうなんて思っちゃいけない。人に教えられるくらいやれ。この英文の文法をオレに説明できるまで勉強してこい」って渡された英語の教材に、やたら「スーパーフードの素材」とか「世界のプラチナ会員が」とか書いてあったんです。あれ、今思えば完全にネットワークビジネスのパンフレットでした。おじさん、私に訳させて自分の商売に使っていたに違いないんです。

川原:おもしろい(笑)。でも無事に志望大学に行けたんですよね。

岸田:おかげさまで。それで大学に入って1年目に出会ったのが、車椅子に乗った垣内俊哉さん。障がい者雇用や障がい者の視点に立ったマーケティング事業を展開する、ミライロというベンチャー企業の創業者です。

 起業準備中から私を誘ってもらって、そのまま働けることになりました。ただ、会社員としては本当にダメで。まず、テレアポをするにも約束の時間を間違えてしまうし、敬語もまともに使えないし、納期が迫ってくると逃げて寝かせる傾向もあって……。

川原:そのまま手をつけずに放っておいちゃうんですね。

岸田:コミュニケーションが下手で、嫌われるのが怖いから、人に仕事を振ることもできないんですよ。だから、まともな営業はできないんですけど、稀に大口の顧客と成約できることがあるんです。

 たまたま新幹線で隣に座ったおじさんから、「君はパソコンを打つのが速いね。僕は全然できないから教えてくれるか」と言われて、「変なおじさんだけど、仕立てのいいスーツ着てるな」と思って話していたら、とある大企業の会長だったことがあとで分かって。後日電話がかかってきて、「君は才能があるから、取引を頼むよ」と言われて、本当に取引につながりました。

 広報の仕事をしていても、どのメディアも全然取り上げてくれませんでした。その時に、ダイヤモンド社の記者さんだけはおもしろがってくれて記事にしてくれたり。でも、こういう“予定外のラッキー”って、会社では全然評価されないんですよ。計画に沿って達成した成果ではないから。

川原:そうなんですか?

岸田:全国放送のニュース番組「NEWS ZERO」から突然、「嵐の櫻井翔さんがそちらに取材に行きます」と電話がかかってきて対応したときも、その直前に私が打ち上げた目標が「地方紙にPRして、検定事業を伸ばします」という地方メディア戦略だったので、評価の対象にはなりませんでした。自分でも、本来やるべきことができなかった申し訳なさのほうが強くて、あまり喜べなかったんですよね。

川原:評価の仕組みももう少し柔軟にできるといいのに。