学校現場では、まず子ども達は、保健室のドアをたたきます。だからと言って、養護教諭だけがかかわるのではなく、そこから、必要に応じでスクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーへとつないでいきます。これによって、多くの目で子ども達を支援することができるのです。

 なぜなら、例えば、いじめを受けている子にとっては、相談室に行くことで、「何かチクった」と思われる恐怖から直接カウンセラーには相談できないということもあります。いじめだけでなく、「相談室に行った」ということで、「なんか悩んでるらしいよ」と、あれこれ言われるのではないかと考える子もいます。

 しかし、保健室であれば、自分の「体」のことをきっかけに、養護教諭と話ができます。体調不良で来室する子、何度もけがをして保健室にやってくる子ども、何も話さないけどふらりとやってくる子どもは、言語化しきれない「何か」をもっています。

保健室は教育の場であり、癒しの場ではない

 保健室は、教室ではなく、駆け込み寺だとか、癒しの場などといわれますが、私は、以前から、「保健室は、教育の場であり、癒しの場ではない」という一貫した考えを持っています。

 現職中も、保健室という場で「生きる力」を育てたいと考えてきました。生きる力とは、単に「強い、たくましい」という力ではなく、弱さもすべて受け容れたうえでの「しなやかな思考をもって生きることができる力」という意味です。

 落ち込んでしまうこともOK。ただ、必要以上に落ち込むのではなく、短時間で心を回復させることができる竹のようなしなやかさを持っているということです。いわゆる「レジリエンス(心の回復力、柔軟に生きる力)が高い状態」です。

 レジリエンスを高めるための根底にあるものは「自己受容」(自分のプラス面もマイナス面もありのままの自分を受け容れること)であり、そのために必要なのは「メタ認知」(自分の感覚・知覚・思考など自分の認知活動を客観的にとらえ、考えること)です。これは、養護教諭として最後の5年間を過ごした子どもたちとのかかわりから、導き出した私なりの結論です。