歩みを止めずに動き続けること

作家・水野敬也が語る「手放しで自分を認めてくれる人を見つけよう」Photo/曽川拓哉

川原:動き続けることだと思います。自分らしさを応援してくれる人と出会えるまで、歩みを止めず動き続けることが、すごく重要なのだと、『Be Yourself』でも強調して書きました。

 僕がたくさんの人から相談を受けて感じているのは、「誰かに認められたい」と思いながらも、動いていない人って意外と多いということです。

 自分の世界に閉じこもらず、誰かに見つけてもらえる場所まで歩いていくことは、すごく大事だと思います。

 ちなみに僕と麻理恵さんの出会いは、大学生の頃に参加したイベントの会場のエレベーターホールです。その頃から彼女の名刺には「片づけコンサルタント」って書かれていました。

水野:人との出会いに引っ掛かるような種をまきながら動き続けるということですね。

川原:そうです。どこに出会いがあるかは分からないので。

水野:手放しで自分を認めてくれる人が自分の親とは限りません。そして、出会いはいつでも訪れる可能性がある。そう考えると希望を持てますね。僕なんて、いまだに親から認められていませんから。

川原:でも、ご両親から認められなくても文筆家の道を選び、ベストセラーを連発するという大きな結果も出されている。水野さんは、なぜこの道を行こうと思えたんですか?

水野:僕はもともと、自分は本を出すような人間になれるとは思っていませんでした。

 実は僕は大学時代には、ストリートパフォーマンスのような活動をやっていて、あるプロダクションに所属していたんです。

 でも、いろいろあって辞めることになり、さらに1年くらい活動できない状況になりました。完全に無職です。当時は、すでに外資系トレーダーとして稼いでいた山本に助けてもらって生きていました。

 その頃、時間ができたので、お笑いのパターンを研究してまとめていたんです。するとある日、酔っ払った山本が深夜にたずねてきて「今日の合コンで笑いの力が必要だと痛感した。敬也、お笑いの学校をつくってくれ」と懇願してきたんです(笑)。その出来事がきっかけで生まれたのが、『ウケる技術』というデビュー作でした。

川原:そんな経緯だったんですね。

水野:『ウケる技術』を書くうえで僕が幸運だったのは、僕は、何者でもなかったということでした。

 僕がその頃、お笑いで実績のある有名人ではなかったから、お笑いの技術を伝えながら、「本の中で笑いを取らなければ説得力がない」という負荷がかかったんです。こうして追い込まれたことで、結果としていいものができた。

川原:ネガティブに思える状況をうまく活かしたということですね。

水野:弱みが強みに反転しているような感覚でした。

(対談中編は2021年3月12日公開予定です)