エレガントな解決策
生きている機械はどのように働くのか。その真価を理解するには、生命を支える、尋常ならざる化学の形態を深く理解する必要がある。この化学構造は、主に炭素原子がつながった、高分子の周りに構築されているのが大きな特徴だ。DNAもそのうちの一つである。
その主な目的は、高い信頼性で、長期にわたり、情報を保存すること。この目的のために、情報を保持している決定的な要素であるヌクレオチド塩基は「らせん中心部」に遮蔽されている。これは情報を安定的に守る仕組みだ。
あまりにも強固に守られているため、古代のDNAを研究している科学者は、遠い昔に死んだ生き物から得たDNA配列を決定できる。なかには、永久凍土で一〇〇万年近くも氷漬けになっていた馬のDNAもある!
しかし、遺伝子のDNA配列に保存された情報は、不活性のまま、じっと息を潜めているわけにはいかない。生命を支える代謝活動を行ったり、身体構造を作ったりするため、行動を起こす必要がある。化学的に安定し、どちらかといえば面白みに欠けるDNAが握っている情報を、化学的に活性化した分子、すなわちタンパク質に翻訳する必要がある。
タンパク質も炭素を元にした高分子だが、DNAとは対照的だ。タンパク質の化学的に変化可能な部分のほとんどは高分子の「外側」にある。つまり、この外側のパーツは、タンパク質の三次元形状に影響を与えつつ、世界と相互作用する。
そのおかげで、化学的な機械の構築、維持、再生など、多くの機能を実行することが可能になる。さらに、DNAと違って、タンパク質が損傷を受けたり破壊されたりした場合、細胞が新しいタンパク質分子を作って取り替えれば済む。
これ以上にエレガントな解決策は想像できない。線状に連なった炭素ポリマーの配置により、化学的に安定した情報記憶装置と多様性に富んだ化学的活性の両方を生み出すとは。生命の化学的特質のこのような側面は、実に単純で並外れていると思う。
生命が複雑な高分子化学と情報の「直線配列」とを結びつける方法は、説得力がありすぎる。この原理は、地球上の生命の中核をなすだけでなく、宇宙のどこかにいるかもしれない生命にとっても不可欠である可能性が高いと私は思う。
(本原稿は、ポール・ナース著『WHAT IS LIFE?(ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か』〈竹内薫訳〉からの抜粋です)
☆好評連載、関連記事:地球上の生命の始まりは「たった1回」だけという驚くべき結論