楠木建 一橋大学教授が「経営の王道がある。上場企業経営者にぜひ読んでもらいたい一冊だ」と絶賛、青井浩 丸井グループ社長が「頁をめくりながらしきりと頷いたり、思わず膝を打ったりしました」と激賞。経営者界隈で今、にわかに話題になっているのが『経営者・従業員・株主がみなで豊かになる 三位一体の経営』だ。
著者はアンダーセン・コンサルタント(現アクセンチュア)やコーポレート・ディレクションなど約20年にわたって経営コンサルタントを務めたのち、投資業界に転身し「みさき投資」を創業した中神康議氏。経営にも携わる「働く株主®」だからこそ語れる独自の経営理論が満載だ。特別に本書の一部を公開する。
「競争優位」のよくある誤解1
「差別化」など障壁にはならない
障壁についてはさまざまな学者が優れた研究結果を示していますが、ここでは主に、米国コロンビア大学のMBAプログラムで80%の学生が選択したという伝説の人気講義を持っていたブルース・グリーンウォルド教授の説を解説していきます。
教授はまず、世の中で優位性の要素とされている「差別化」なるものは、なんの持続的な利益も保証しないと主張されています。教授の主張をいくつか見てみましょう(*1-2)(『競争戦略の謎を解く』『バリュー投資入門』からの抜粋です)。
*2 ブルース・グリーンウォルド、ポール・ソンキン、ジャッド・カーン、マイケル・ヴァンビーマ著、臼杵元春、坐古義之訳『バリュー投資入門―バフェットを超える割安株選びの極意』日本経済新聞出版、2002年
製品の差別化は外で食べるランチのようなものであり、ただでは手に入らない。自社の製品を競合品と差別化するためには、広告宣伝、製品開発、販売、カスタマー・サービス、購買、流通チャネル、その他多くの機能分野に投資しなければならない。(『競争戦略の謎を解く』pp30-31)
教授は言います。みなさん、必死になって差別化を追求しますよね。でも差別化しようとしたら、いろいろなものに相当の費用をかけたり、投資したりしなければなりませんねと。それだけでもうなずける主張ですが、その後、こう続きます。
たとえ競合品より高い価格を設定し続けることが可能だとしても、差別化のための投資に対する利益率はどんどん下がっていく。最終的には、投資から得られる利益率が妥当な水準を満たさなくなったときに(訳注:ROICが資本コストを下回る場合を指す)、非効率的な企業はなんとか生き残るために四苦八苦することになる。これは自動車、電化製品、小売店、ビール、航空会社、事務用品など、製品が差別化されている多くの業界で実際に起こったことだ。(『競争戦略の謎を解く』p31)
仮に競争相手より差別化できて高い価格を設定できていたとしても、その裏にはたくさんの費用や投資、つまり「投下資本」がかかっているはずです。問題はその投下資本に対する「利回り」は十分に出せているのか、ということです。
コストが安い資本へのアクセスや、豊富な資金力も競争優位として挙げられることが多い項目であるが、たいていの場合、これらは錯覚である……これと同じ理屈は、「優れた人材」にも当てはまる。(『競争戦略の謎を解く』pp40-41)
保有しているITや人材が仮に優れていたとしても、それらにもすべて資本がかかっているはずです。その投下資本を十分に上回る利回りが出せているのか、との懐疑的主張です。