現状の生活保護に
隠された可能性とは

 それにしても、一般的には「夢を追うことは大事だけれど、別の仕事をして稼げるようになってから余暇で」という考え方が根強い。朝霧さんの現在は、障害者であることを考慮しても奇跡に見える。ケースワーカーは「そういう考え方もあるとは思いますが」と前置きして、次のように語る。

「『就労して自立』の手前には、『社会生活自立』『日常生活自立』『経済的自立』の3つの自立があります。その人の現状や能力に応じて、支援の方向性を組み立てます」(A市ケースワーカー)

「その人の現在のありようを支え、可能性を育てることによって、その人にとっての自立へ」という考え方は、生活保護制度が発足した1950年に内包されていた。以後、生活保護の歴史は、この方向性と、国家財政を理由とする費用削減論とのせめぎ合いの連続である。2004年、社保審の委員会が提唱した『社会生活自立』『日常生活自立』『経済的自立』の3つの自立は、生活保護制度の本来の意義と可能性の再定義だった。

 A市ケースワーカーは、「個人的な思いですが」と前置きして、次のように語る。

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「今は働き方そのものが、多様になってきています。大企業に勤め、終身雇用されることは、安定的ではあると思います。それに越したことはないのかもしれません。でも、人間をそこに縛り付けるのは、違うと思います」(A市ケースワーカー)

 就労指導にあたっては、高すぎるモチベーションによって消耗しがちな当事者に無理をさせないよう心がける。新年度には引き継ぎを行い、当事者が「新しい担当者が誰なのか知らない」という事態を防ぐ。定期的に、日常業務を組織として見直してブラッシュアップする。そういう伝統が、先輩たちから少なくとも40年以上続いているようだ。

 当事者が納得する支援を行い、成果を挙げている福祉事務所の実態は、概して「当然のこと」の定着、そして形骸化による「お役所仕事」化を予防することに尽きている。

 コロナ禍の影響は深刻化するばかりだが、生活保護がある限り、日本は大丈夫なのではないだろうか。メーテルリンクの童話『青い鳥』ではないが、2021年の日本にある“資源“は、昭和や平成に生まれた私たちが思っているほど小さくないはずだ。

(フリーランス・ライター みわよしこ)