自分の感情をきちんと言語化することができた
キム 普段、何か心がけておられることはあるんですか。
村上 できるだけ冷静になろう、といつも意識しています。何かを考えたとき、これは自分の弱い感情から来ているんじゃないか、と自分の心理を考えてみたりします。どうして、こんなふうに考えるようになったんだろう、と分析してみたり。そんなふうに、自分に向き合うことが多いですね。
実は、キムさんの『媚びない人生』を読んで、ハッとしたのが、冒頭の言葉だったんです。“自分と向き合い、悩みなさい。そして、どんな瞬間においても、自分のことを信じなさい”。まさに私は、自分と向き合ったことで会社を続けられたという気持ちがあるからです。どうして自分は会社をやりたいのか、その感情とずっと向き合っていたんですよね。
そうすることで、自分の感情をきちんと言語化することができた。人を幸せにすることによって感じる幸せというものを、私は最大化したいんだ、という思いもそうです。そして言語化することができたからこそ、自分自身を強くすることができたんだと思うんです。
感情って、ブレますよね。例えば、何かをやろうとするときにも、一瞬の感情に踊らされて、あきらめてしまいたくなるときって、絶対にあるんです。このときに、自分と向き合わずに、そのときの感情だけで「ダメだ」と結論づけてしまうと、何も得られない。でも、自分としっかり向き合って、どうしてそういう感情がわき起こってしまったのかを考えてみる。言語化しようとしてみる。そうすることで、自分の軸が見えてくると思うんです。
やりたいことが見つけられない、という人は多いです。でも、やりたいことはあるはずなんです。それを言葉にできていない。表し切れていない。そもそも、みんな必ず日々いろんな選択をしているわけですから。大学だって、会社だって、選択をした。その選択の裏側には、自分の何かしら共通の軸があるはずです。感情が揺れ動いたり、選択をするたびごとに、自分はどうしてそう思ったのか、考えてみる。そうすることで、やりたいことも言語化できるんだと思っています。
キム 人間が内面的な豊かさを持っていない時期、もっといえば成熟していない未熟な時期に、自分と向き合うことは、実は極めてつらいことなんです。若い人がなかなか自分と向き合えないのは、向き合ってみると、自分の未熟さだけが見えてしまったり、無力さだけに気づいてしまうからです。合理的に考えると、こういう行動は人間は取りにくい。その意味で、村上さんが高校時代から自分に向き合えたというのは、珍しいことでもあるんです。
そして、おっしゃる通り、選択というものの捉え方を間違えている人は多いですね。選択した瞬間に、正解か、不正解か、が決まるわけではないんですよね。受験で○×を付けるのとは違うんです。選択の瞬間に正解が決まってしまうと思いがちですが、実際には違いますよね。なぜなら、何かを選択しても、また次の選択を求められるから。選択というのは生きていく中で、ずっと続いていくんです。状況が変われば、成功だと思ったものが失敗にもなりうる。
選択の正解はすでに決まっているわけではなくて、正解は事後的に構築されるものであり、自分自身の行動によって創造されるもの。選択を正解にするのは、自分の行動なんですよね。これを認識した瞬間、選択における不安というものはなくなると思うんです。