事実にじっくりと耳を傾けて大成功を果たしたもうひとりの人物が、バンカーズ・トラストの為替トレーダーのアンディー・クリーガーだ。1987年、32歳のとき、彼はニュージーランド・ドルに対する売りポジションを取って一攫千金をつかんだ。彼は疑う気持ちを押し殺し、データを信頼してそれを成し遂げた。当時、ブラック・マンデーの株価大暴落を受けて、多くの通貨がドルに対して値上がりを見せていた。巨額の資金がアメリカ・ドルからより安全と思える通貨に逃げていった。彼は当初の疑念を乗り越え、自身のデータ分析を信じた。それは、こうした通貨が過大評価の状態となり、アービトラージの機会が生じるという分析だった。

 クリーガーはオプションを利用して、ニュージーランド・ドル(キーウィとも呼ばれる)に対して数億ドル相当の売りポジションを取った。結局、キーウィは最大5%も反落し、彼の雇い主たちは数百万ドルの利益をせしめた。その後、彼は同じく通貨の値下がりに賭けて巨万の富を得たジョージ・ソロスのもとで働くことになる。ただし、クリーガーはのちに、こうした行為が招きかねない被害について遺憾の意を表明しつづけている(この種の通貨の売り崩しを受けた小国の経済にとっては大打撃になる可能性があるので)。

 マイケル・ルイスの著書『世紀の空売り』は、世界的な金融危機にいたる前の不動産担保証券やアメリカ住宅市場の状況に関するデータに耳を傾けた数人の資産家たちを描き出している。そうした資産家のひとり、ヘッジ・ファンド「サイオン・キャピタル」のマネジャーであるマイケル・バーリは、2005年にサブプライム市場を詳しく調べた。彼は過去3年間の住宅ローンの貸付手法について徹底的にデータを分析した結果、サブプライム市場が今にも弾ける寸前のバブル状態であると(正しく)結論づけた。彼はサブプライム・ローンに対するクレジット・デフォルト・スワップを売るようゴールドマン・サックスを説得し、あるときなど、彼が大きなまちがいを犯していると心配した投資家たちからの抵抗を強引に抑え込んだこともあった。案の定、サブプライム市場は暴落し、バーリは1億ドル、疑り深いその投資家たちは7億ドルもの利益を懐に収めるのである。

 当然、市場の崩壊があと何年か遅れていたら、バーリはそうとう頭を抱えていただろう。なので、こうした巨大なリスクを冒すには、データに対する強い自信が必要になる。そして、訓話をお望みなら、巨大なリスクを冒して数百万ドルを失ったトレーダーや投資家の物語はいくらでもある。だが、この話の本当の教訓は別のところにある。1億ドルを儲ける方法なんてそうそう見つからないにせよ、数学的なデータを観察し、その声を信頼することさえできれば、より現実的な方法で日常的にお金を儲けることは、まちがいなくできる。

 いずれにせよ、数学はウソをつかない。少なくともあなたの同僚よりは、真実を話している可能性はずっと高いのだ。