最先端の高額なITシステムを導入して、
あやうく業務が破綻しそうになった例
直近の話ではあまりに生々しいため、ここではすでに当事者の方々は引退されていて、責任追及が起きない、古い事例を取り上げます。
かつて「最先端技術を導入することで、他社よりも優れた力を手にする」ことが当たり前であり、正しいと唱えられ、皆がそう信じていたバブルの時代は、この「最先端技術」という言葉がバズワード化していました。
日本の高度成長の末期、日本の製造業が世界中から、その品質と生産性の高さから注目され、品質の高い半導体の製造技術でも日本が圧倒的に秀でていた1980~90年頃の話です。
コンピューターの世界では、第5世代コンピューター、分散型データベース、並列処理型コンピューターなどが、当時は「情報システム」という呼び方が一般的だったITの雑誌をにぎわせていた時代です。
ITのハードウェア、ソフトアウェアを提供する会社は、常に新コンセプトを提案して「時代に乗り遅れてはいけませんよ」とのメッセージを発して、市場を開拓していくビジネスを展開します。
ある小売業チェーンでは、並列処理型コンピューターを使った商品構成の最適化をはかるためのMD分析システムの導入を推進していました。担当は、外資系会計事務所のコンサルティング部門で、当時まだ少なかったシステムコンサルティングを担当していたという役員でした。
当時、マスコミでよく取り上げられていたSIS(Strategic Information System、戦略的情報システム)との触れ込みで、競合よりも秀でた商品構成を実現できると、トップもこの投資を承認しました。
それまで商品部は、店頭のPOSデータから上がってきた売上データをマスターファイルに取り込み、日々の分析に使っていました。
しかしその新システムは、売上データをそのままの状態でデータベースに順次取り込み、商品部が分析条件を入力するたびに、毎回データベース全体を検索してデータを拾い、見たい切り口からの分析を高い自由度で行えるという並列型処理の良さを活かすというふれ込みのものでした。
提供側のハードウェアベンダーもコンピュータ大型機の最大手企業だったので、トップも責任者の役員もベンダー企業を、そのブランド力から無意識のうちに信頼していました。
ところが、このMDシステムのベータ版、つまり試用版ができあがり、商品部が使ってみたところ、検索条件を入力して実行すると「実行中」の文字が表示されたまま端末が沈黙し、何も返ってきません。
結局、結果が表示されるまでの3~4時間は端末が塞がれて、商品部の根幹の業務である分析作業が行えなくなるという、とんでもない事態が起きました。
実はこの機種について調べてみると、従来の機種の上に並列処理のアルゴリズムを載せた、言わば疑似的なもので、本当に大量データを処理するにはハードウェアのスピードがとても追いつかない代物であることがわかりました。
どうやら、ベンダー側でも作ってはみたものの販売できずに困っていた機種だという事実も、後から判明しました。
システム開発の進め方を熟知している人であれば、構造上も無理のあるこの機種を採用するという判断はなかったはずです。
トップにしてみれば、名の知られた外資系会計事務所でシステムコンサルティングを行っていたという触れ込みで入社した人物が責任者であり、かつベンダーも名の通っている世界的な大手IT「ブランド」企業だったので導入を決めたのでしょう。
ただ当時は、企業のIT部門の責任者と言っても、ITベンダーからの広告収入の多かった「日経情報ストラテジー」などに目を通して、「世のITトレンドはこうなっているのか」とそこに描かれていることを真に受けて、頭の中にイメージを描いてしまっている方がいるのも現実でした。
この会社の事業規模からして巨額の投資になるにもかかわらず、トップや担当者が無自覚のうちに「ブランド負け」している判断がなされてしまったのです。
結局、この件ではトップの指示で管理本部長が、顧問弁護士と共に契約からチェックを行いました。ベンダーにはチューニングの努力をしてもらいましたが、結果的にシステムは「実用に能(あた)わず」としてメーカーに引き取ってもらい、元のシステムに戻して一件落着となりました。
これは、最先端の「並列処理コンピューター」という売り文句が「バズワード」化し、そこに乗って実は使い物にならない高額のコンピューターシステムを導入して、あやうくMD業務が破綻しそうになった事例です。