時代や環境変化の荒波を乗り越え、永続する強い会社を築くためには、どうすればいいのか? 会社を良くするのも、ダメにするのも、それは経営トップのあり方にかかっている――。
前著『戦略参謀の仕事』で経営トップへの登竜門として参謀役になることを説いた事業再生請負人が、初めて経営トップに向けて書いた骨太の経営論『経営トップの仕事』がダイヤモンド社から発売。好評につき発売6日で大増刷が決定! 日本経済新聞の書評欄(3月27日付)でも紹介され大反響! 本連載では、同書の中から抜粋して、そのエッセンスをわかりやすくお届けします。好評連載のバックナンバーこちらからどうぞ。

なぜ、多くの経営トップはビジネスのバズワード、イリュージョンに取り込まれてしまうのか?Photo: Adobe Stock

経営は、いともたやすくバズワードにまみれる

「もし『CFOの役割とは』と聞かれたら、どう答えますか?」

 ゴールドマンサックスに十数年勤め、財務の上席マネジャー、そしてアジア地区のCFをしていた経験もある友人からこの質問をされたことがあります。確かに一般的に使われるCFOという言葉について、その役割を示す適切な説明は考えたことがなかったことに気が付きました。

 皆さんならば、この問いにどう答えるでしょうか?

 彼はニューヨークで、米国ゴールドマン・サックスのCFOを12年間務めたデビッド・ビニアにこの質問をしたそうです。この問いにデビッド・ビニアは、次のように即答したそうです。

「Liquidity, Liquidity, Liquidity」

 彼が3回繰り返した’Liquidity’は「流動性」、つまり現金に代表される、企業の支払い能力のことです。CFOにとって、企業の手元資金の流動性を必要なレベルの高さに維持しておくことが、何よりも最初に押さえておかねばならないことだとの答えです。

 新興のIT企業のトップから、投資銀行出身で入社したばかりの若いCFOを「彼はバリュエーション(Valuation、企業価値評価)の専門家で……」と紹介されたことがあります。

 しかし日々の実務において、算式のモデルを用いるバリュエーションが有効な場面が、果たしてどのくらいあるのだろうかと思います。

 私自身もかつてM&Aの検討時のみならず、当時抱えていた複数事業の先行きについての議論をする際にNPV(Net Present Value、正味現在価値)を計算したこともあります。

 しかしこれは、実務のイメージを持って変数の調整を行ったとしても、あくまで比較の際の指標の一つにしかなりません。彼の話から気が付くのが、我々が一般的に使うCFOという言葉でさえ、概念のあいまいさにイリュージョン(夢、期待、幻想)が入り込み、バズワード化していることです。

 経営は常に、なんとなくもっともらしく聞こえるものの、その実態や効能が不明瞭な言葉や概念、いわゆるバズワードに取り囲まれています。

 そして、気を許すとすぐにそのバズワードによって、イリュージョン、それも幻想というよりもむしろ幻覚に近い状態に取り込まれてしまいます。