自由につながり、価値を共創するコミュニティ

――新たなコミュニティとして「共領域」という概念を提起されています。

<3X>と<共領域>を両輪に、豊かな未来をつくる関根秀真(せきね・ほづま)
三菱総合研究所 参与 早稲田大学大学院理工学研究科修了。博士(工学)。1994年、三菱総合研究所入社。入社以来、宇宙開発、地球観測、森林環境・ビジネス(温暖化対策)、防災を中心として途上国開発支援、政府・自治体事業に関わる事業に従事。また、50年後の世界・日本を見据え、未来社会像を描きその実現に向けた同社50周年記念研究を担当。同研究成果を踏まえた3X(DX/BX/CX)に関わる研究・提言を先進技術センター長として推進。東京大学工学部非常勤講師。日本防災プラットフォーム監事。

 3Xがこれまでの一極集中型の社会の仕組みを解体に向かわせ、個の分散化を促しているとすれば、その自律した個を再び協調させる新しい仕組みが共領域です。

 これまでのコミュニティは、地域コミュニティにせよ、会社にせよ、場所が限定され、メンバーが固定され、利害が強く共有されていました。同じ目的の下で強固につながるコミュニティは確かに大きなエネルギーを生み出しますし、高度成長期の日本企業の強さの源泉は、まさにそこにありました。

 しかし、一人一人の生き方が多様化すると、同質性の高いメンバーが長期的に大きな目的を共有し続けるのは無理がありますし、少数派の声を押しつぶすことにもなりかねません。また、ライフステージによっても、個人の嗜好、生き方は大きく変わってきます。とはいえ、個がバラバラに存在しているだけではイノベーションが生まれにくく、分断や孤立が深刻になって社会が不安定化します。

 では、未来のコミュニティはどうあるべきか。それは、個人が自律しながら、緩やかに、複層的につながり合い、離合集散しながら絶えず変化する有機的なネットワークのような形ではないでしょうか。既存のコミュニティがなくなって新しいものに置き換わるというより、それらも含めて、より大きなネットワークの中に改めて位置付けられることで相対化され、形や機能がアップデートされていくイメージです。

――具体的にはどういうことでしょうか。

 新旧のビジネスを対比させるとイメージしやすいと思います。高度成長期は、いかに自社や自社系列内にビジネスを囲い込むかが肝でしたが、今、新たなサービスやプロダクトを生み出そうとすれば、自社だけで完結させるのは難しい。会社の壁どころか、業界も国境も超え、世界中から多様なメンバーを集めてプロジェクトチームを結成するのが当たり前になっています。メンバーの参加や離脱も流動的で、それぞれが複数のプロジェクトに参加していたり、複数の肩書を持っていたりします。こうした柔軟なつながり方が、公私のさまざまな場面で広がっていくのです。

 共領域には3つの機能があります。まず、個人がやりたいことを探索できること、そして、コミュニティとして価値が共創できること、さらには、その価値をコミュニティ間で交換できることです。共領域で生み出される価値は必ずしも貨幣的な価値とは限りません。現状では経済的な文脈に組み込まれにくい社会活動も、共領域が発達すれば活発に交換できるようになるでしょう。

 これを個人の側から見れば、興味・関心に合わせて自分にどんどんタグ付けし、タグの数だけ異なるコミュニティに関わっていくイメージです。人と社会の接点はどんどん複層化し、そこから生み出される価値も豊かになっていきます。

 本書では幾つか萌芽事例を紹介しています。その一つが弘前大学COI(センター・オブ・イノベーション)です。青森県弘前市では、2005年から15年以上も弘前大学を拠点に大規模な健康診断が実施されてきました。実は青森県の平均寿命は47都道府県のワースト1位で、その汚名返上のためにも県民の生活習慣を改善していこう、と始まった取り組みです。この健診の特色は、とにかく検査項目が多いことです。ゲノム解析、体組成、睡眠や食事、働き方や家族構成……と、項目数はなんと2000以上。それが毎年1000人分ずつ蓄積されているのです。

 この「超多項目健康ビッグデータ」を集計・分析し、もっと社会に役立てようという試みが13年に文部科学省のCOIプログラム(異分野を融合したテーマからイノベーション創出を支援する施策)に採択されました。以降、ヘルスケアの研究に携わる大学、企業、研究機関が多数参画し、多方面の研究はもちろん、健康機器やアプリ、サービスなどがここから続々と生まれています。その成果は住民たちにさまざまな形でフィードバックされ、健康づくりに役立てられているほか、健診そのものも「地域の健康まつり」として住民たちに定着し、地域や職場での健康啓発活動も盛んになっています。「健康」という価値観で人や組織がさまざまにつながり合い、多様な価値を創出しているのです。