多様性で、分断を乗り越える
――実際に共領域が生まれていくのはこれから、ということですね。
共領域を成立させる要素は3つあります。いずれも3Xで実現するものです。
第1に「時間が増える」ことです。DXで労働時間が減り、BXで健康寿命が延び、CXで知識やスキルの習得にかかる時間が大幅に短縮されると、人が一生のうちに自由に使える時間は大幅に増え、さまざまな活動にコミットしやすくなります。
第2に「空間が広がる」ことです。3Xでバーチャル空間がどんどん拡大すると同時に、ロボット技術なども進展すれば、現実と仮想をまたぐ複数の空間で活動できるようになります。さらに、一人の人間が同時に複数の役割を果たすのも当たり前になるでしょう。
第3に「多様性の包摂」が実現することです。個人が多様な活動に取り組むための時間と空間が広がれば、一人の人間が複数の場でさまざまな個性を主張できるようになります。好みのアバターの姿でゲームを楽しむ感覚で、現実の性別や年齢に縛られず、時には種すら超えて人間以外の存在になることもできます。
個人の活動がどんどん広がり、アイデンティティーが多様化すれば、1つのコミュニティに縛り付けられる生き方は不自然ですし、それだけで人を評価するのは難しくなります。
――確かに、1つの所属コミュニティだけを見て「○○社員」「○○党」「○○派」「○○系」といったレッテルを貼ることは、人間の中の多様性を否定することになりますし、分断にもつながります。
どんなに仲の良い人同士でも、全ての考え方が合致することはありません。逆に米国の「共和党と民主党」といった、明らかにイデオロギー的な対立がある関係でも「地元の野球チームが好き」といった共通項があれば、スタジアムで一緒に盛り上がれるでしょう。共領域が発達すれば、こうした場が仮想、現実を問わず広がります。意見が1つだけ対立するからといって、相手を丸ごと否定していると、どんどん分断が進んでしまう。多様性を豊かさに結び付けるためには、「異質なものとつながる窓が開かれている」ことが大事ではないでしょうか。
軸が多様になれば、「敵か味方か」という単純な二項対立はなくなります。複雑なものは複雑なまま、分からないことは分からないまま許容することも大事です。「分かりやすさ」がもてはやされがちな世の中ですが、物事を単純化し過ぎると、小さな何かがこぼれ落ちてしまう。無理に理解するより、「分かり合えない」ことを前提に人と接していくことが大事ではないでしょうか。
ただし、複雑さを扱おうとすると、これまではコストがかかるのが当たり前でした。しかし、今やAIがビッグデータを瞬時に解析してしまう時代です。3Xによって「複雑なまま、丸ごと処理する」というアプローチが可能になっているのです。
――ビジネスで「選択と集中」の重要性が説かれてきたのも、限られたリソースを有効活用するためでした。
選択も集中もせず、丸ごと包摂して扱えるようになればトライ&エラーの総数が増え、より良い結果を選べるようになります。また、異質な要素が結合してイノベーションも起きやすくなります。3Xと共領域がドライブする未来は、そんな未来だと思います。
――本書で掲げる未来像と、SDGsの描く未来像との違いは何でしょうか。
SDGsが喫緊で達成すべき目標であることは前提です。ただし、SDGsにおける目標は「マイナスをゼロにする」という視点が中心ですから、やはりその先に、個々の目標に横串を通した「より豊かな人生」「より豊かな社会」を描く未来像が必要ではないでしょうか。
私自身、シンクタンクの研究員としてこれまで宇宙開発、温暖化対策、防災などさまざまなテーマで先端技術を活用した課題解決に取り組んできました。本研究は、それらの課題に長期かつ俯瞰的な視点で改めて向き合い、横串を通すものでした。
また、本書で示した未来像は、研究の過程でつながった多分野の識者の方々との多くの議論を経て生まれたものです。異なる領域の課題がつながり、価値の共創、交換によって、また新たな課題と解決策を模索していく……。振り返れば、それはまさに共領域的なつながりの体験だったと感じます。本研究はこれで一区切りとなりましたが、これからは、本研究で描いた未来社会をどのように実現するのか、社会に実装していくのかに取り組んでいきたいと考えています。