「どこかに行ってしまいたい」。仕事からも、絶え間なく携帯に送られるメッセージからも解放され、ここではないどこかに逃亡したい。そう思うことはないだろうか。しかし今の時代、自由に旅行することさえままならない。そんなときには地図をなぞって旅気分を味わうのはどうだろう。これを実現すべく、これまでありそうでなかった本が刊行された。『地図なぞり』だ。日本には魅力的な地形が多くある。そうした地形をお気に入りのペンでなぞってみると、驚くほどの没入感と「ここではないどこか」を旅する感覚を味わえる。本書を推薦する養老孟司さんも「なぞるだけ なのになぜだか ハマってしまう」とコメントを寄せる。本連載では特別に、この本からその一部を紹介する。
なぜ演歌は「地名」を歌うものが多いのか
津軽海峡、襟裳岬、天城越え…演歌のモチーフはいつも地名だ。
そこに住む人にとっては自分の人生のワンシーンであり、訪れたことのない人にとっては、
あり得たかもしれないもうひとつの自分を垣間見せてくれる。
だからこうした歌が多いのか。
なかでも地名の歌が多いのが鳥羽一郎さんだ。
鳥羽市出身の鳥羽一郎さん、まずは名前から市町村名である。
そして鳥羽一郎さんの母親は海女さん。
鳥羽から志摩半島にかけてはリアス海岸が続き、海女漁が盛んな場所である。
あのリアス海岸で鳥羽一郎さんの母は漁をしていたのだろう。
鳥羽一郎さんが母を歌った歌「海の匂いのお母さん」ではカキが登場するので、真珠ではなくカキを捕っていたと推測できる。
鳥羽一郎さんが歌った地名は69ヵ所
鳥羽だけではない。
鳥羽一郎さんが歌っている歌から地名に関係するものをピックアップしたところ69曲あった(JOYSOUNDのサイトで鳥羽一郎の曲から目視でピックアップ)。
これは「兄弟船」「海峡の春」など地理には関係があるが特定の地名ではないものを外して、である。
瀬戸内海の難所「来島海峡」、室蘭の「地球岬」、利尻・礼文の「サロベツ原野」など
地理好きにはたまらない場所を歌っている。
「北緯四十度」と「北緯四十五度」など緯度の歌も2曲ある。
そうかと思えば「スペイン坂」「中仙道」など身近なところを歌うことも忘れていない。
『地図なぞり』でも楽しめる地形のひとつ「佐田岬」も歌われている。
細いのにリアス海岸のような凹凸が楽しめる半島だ。
鳥羽一郎さんも佐田岬に注目していたのがとても誇らしい。
「ですよね!」と念を送っている。
世界を舞台に歌にのせる
鳥羽一郎さんが歌う地名は日本だけではない。世界に広がっている。
パナマ、マルセイユ…海の男の心情は世界共通だと言わんばかりに広がっている。
鳥羽一郎さんはデビュー前に遠洋漁業の船に乗っていたので、「パナマ運河」という曲もただの意外性狙いではないだろう。
パナマ運河は通過するために近くのバルボア港で停泊する必要があるのだが、この曲では待機している船員の心情を歌っている。
地元の女性とここで暮らそうかと迷っている横を貨物船が通り過ぎるという内容だ。
歌があることでパナマ運河の知識に厚みが増す。
地図なぞりプレイリストを聴きながら
鳥羽一郎さんでなくても、『地図なぞり』に登場する地名は歌になっている。
「サロマ湖の歌」(伊藤久男)、「宗谷岬」(ダ・カーポ)など名曲揃いだったのでSpotifyのプレイリストを作った。
https://open.spotify.com/playlist/1nK5kwUZk5AHZEEC1OE2kq?si=f71b67d7416b40b2
ぜひこれを聴きながら地図をなぞってほしい。