「どこかに行ってしまいたい」。仕事からも、絶え間なく携帯に送られるメッセージからも解放され、ここではないどこかに逃亡したい。そう思うことはないだろうか。しかし今の時代、自由に旅行することさえままならない。そんなときには地図をなぞって旅気分を味わうのはどうだろう。この思いを実現すべく、これまでありそうでなかった本が、今日発売された。『地図なぞり』だ。日本には魅力的な地形がたくさんある。そうした地形をお気に入りのペンでなぞってみると、驚くほどの没入感と「ここではないどこか」を旅する感覚を味わえる。本書を推薦する養老孟司さんも「なぞるだけ なのになぜだか ハマってしまう」とコメントを寄せる。本連載では特別に、この本からその一部を紹介する。
日本最大の砂嘴(さし)「野付半島」
道東の野付半島は、日本の地形の中でもツートップとも言える派手な地形である(もうひとつは同じく道東にある風蓮湖)。
この奇妙な地形は海流によって運ばれてきた砂が堆積してできた砂嘴(さし)である。
海流によって砂が堆積して鳥の嘴のようになるから「砂嘴」なのだが、一体どんな鳥なのかはよくわからない。
さて、この野付半島、じつは今でもちょっとずつ伸びているのだ。
事実、最新の航空写真と1960年代に撮られたものを比べると形が違う。
(航空写真はすべて国土地理院ウェブサイト https://maps.gsi.go.jp/より)
半島の先端が細くなっているのは、野付半島が沈下しているせいなのか、たまたま満潮時に撮られたからなのかは分からない。だが先端部分が伸びている。満潮であったとしても伸びている。
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アニメーションで確認しよう
思わずアニメーションで見たくなる変化である。
干潮時と満潮時の変化かもしれないので、複数年の写真を調べてみたがやっぱり伸びている。
この砂嘴、砂が堆積してできた地形です、と地理でならったときは「ふーん」ぐらいの感想だったが、古い航空写真と比べると興奮する。
たった60年ぐらいの時間で砂の堆積によりここまで変化していたとは。
砂嘴に家を建てればいつのまにか敷地が広くなっていた、なんてことも夢ではない(野付半島は国立公園なので家は建てられません)。
なぞるとわかる不思議な形
『地図なぞり』に収録されているのは最新の野付半島の形である。
地図をなぞるということは、その地に刻まれた変化の歴史をなぞることでもあるのだ。
野付半島にはトドマツが立ち枯れしている場所、トドワラがある。
ガイドブックでも紹介される定番スポットだが、ここも近年、トドマツが減っているという。
野付半島は変化し続けている。
地図をなぞりながらその地形が気になったら、ぜひ現地に足を運んでその目でその風景を楽しんでほしい。
この本が50年ぐらいのロングセラーになったら、野付半島のデータも変更しなければならないだろう。