中国「国進民退」問題が再浮上、民間ネット企業に吹く逆風Photo:123RF

盛衰を繰り返す中国の国有企業

 社会主義を掲げる中国では、もともと国有企業が経済の主役であったが、1978年に開始された市場開放政策「改革開放」をきっかけに、企業数、資産、利益などに占める国有企業の割合が長期にわたり低下、代わって民間企業が台頭するようになった(次ページ図表)。統計でさかのぼることのできる2001年以降を見ると、中国企業全体に占める国有企業の比率は顕著に低下しているが、こうした傾向は、改革開放以降、鮮明になったと推察される。

 改革開放は、多くの民間企業を生み、その成長を後押しした一方で、国有企業の低迷を招いた。それまで市場を独占していた国有企業は、民間企業との激しい競争にさらされた上、1990年代前半の鄧小平による「南巡講話」をきっかけとした投資ブームの副作用としての過剰債務、過剰投資の処理に苦しめられた。その結果、90年代後半には多くの国有企業が経営危機に直面し、朱鎔基首相(当時)が大規模な人員整理を伴う国有企業改革を実施した。

 過剰債務、過剰投資の処理に直面したのは民間企業も同じであるが、そうした中でも、改革開放以降に事業を開始し大企業に成長した民間企業、特に、総合電機メーカーの台頭が注目された。後に東芝の白物家電事業を買収した美的(ミデア)、東芝のテレビ事業を買収した海信(ハイセンス)、珠海格力(グリー)、TCLなどである。中国電機メーカーの躍進は、当時、すでに競争力が低下し始めていた日本の総合電機メーカーの脅威となった。これらの企業は、2000年代に入ってからも、中国国内の耐久財消費ブームに加え、中国の世界貿易機関(WTO)加盟も追い風となり、一段と躍進した。

 しかし、民間企業の躍進は08年のリーマンショックで、転機を迎える。当時、政府が実施した4兆元の景気対策は公共投資が主で、恩恵のほとんどを国有企業が享受し、民間企業の低迷が続いたなか、国有企業が勢いを盛り返した。このため、国有企業の躍進と民間企業の停滞を意味する「国進民退」が指摘されるようになった。