人は孤独を感じつづけて孤立すると、健康を維持できなくなる恐れがある。そんなとき、誰かに親切にしてもらうだけでなく、みずからが誰かに親切にすることの効果をご存じだろうか。「世界的なリーディング・シンカー」といわれるノリーナ・ハーツ(ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン名誉教授)の新刊『THE LONELY CENTURY なぜ私たちは「孤独」なのか』より紹介する。

シェイクスピアの戯曲『リア王』に出てくるエドガーは、リア王に言う。「悲しみに友がいて、忍耐に仲間がいれば、心は多くの苦しみを乗り越えられる」と。ごくわずかな時間でも他人とポジティブなつながりを持てれば、その人の健康に大きなプラスとなる。ストレスの多い状況でも、友達が一人いるだけで、生理学的な反応が落ち着く(血圧やコルチゾール値の低下など)。愛する人が手を握ってくれるだけで、痛み止めを飲むのと同じくらい大きな鎮痛効果が得られる。最近の老化に関する研究によると、高齢になったとき、人と比較的ゆるやかなつながりを持つ(ブリッジのサークルに参加したり、クリスマスカードを送り合ったり、郵便配達員とおしゃべりすること)だけでも、記憶の喪失や痴呆を防ぐ重要な効果があることがわかった。

人間の健康は、コミュニティーや他人とつながっている感覚だけでなく、親切心によっても増進するようだ。それも友達や家族や同僚だけでなく、見知らぬ人の親切も効果がある。ポスト・コロナの世界を再建するなかで、私たちはこのことを覚えておかなくてはいけない。もちろん、新自由主義では、親切の価値が著しく引き下げられたことも覚えておきたい。

人助けは「自分助け」になる

誰かに親切にしてもらったり、気にかけてもらうことは、一人ぼっちではないという感覚を高めると同時に、健康上のプラス効果がある。だが、誰かに親切にする側にも、同じような健康増進効果があることは、あまり知られていない。

人を助けることで得られる、強くて温かくエネルギッシュな感覚「ヘルパーズハイ」とは?誰かに親切にすることが自分をも救う(Photo: Adobe Stock))

とりわけ、相手と直接的な接触がある場合は、その効果が大きくなる。2000年代初め、米国のキリスト教長老派教会の信徒2016人を対象に、宗教的な慣習や、心身の健康状態、そして誰かを助けたり、助けられたりする経験についてのアンケート調査が行われた。すると、ボランティア活動やコミュニティー活動、あるいは家族の介護など、誰かを助ける活動に従事している人は、そうでない人よりも精神状態が著しく良好であることがわかった。

ほかにも、誰かを助けることが、助けた本人の健康にプラスになることを示す研究は多い。PTSDに苦しむ退役軍人は、孫たちの世話をすると症状が緩和した。保育園で子どもたちの面倒を見るボランティアをする高齢者は、唾液に含まれるコルチゾールとエピネフリン(どちらもストレスホルモンだ)の値が低下した。見知らぬ人を助けた青少年は、抑鬱のレベルが低下する傾向がある。逆に、ミシガン大学社会調査研究所の研究では、他人に一切手を差し伸べない人は、誰かを助ける人と比べて、5年以内に死亡するリスクが2倍も高かった。チャールズ・ディケンズの『クリスマス・キャロル』で、ケチで怒りっぽいスクルージ爺さんが、寛大な慈善家に変身すると、心身とも健康で幸せになるのがいい例だ。

見返りを期待せずに人助けをすると、人間の身体には生理的に好ましい反応が起こる。「ヘルパーズハイ」と呼ばれるエネルギッシュで、強くて、温かくて、落ち着いた感覚を得られるのだ。

だから、孤独の世紀には、自分がケアされていると感じるとともに、誰かをケアする機会を持つことが重要だ。

では、どうすればそれは可能になるのか。その解決策の一部は環境にある。

人は四六時中働いて、疲れ果てていないときのほうが、誰かに手を差し伸べやすい。複数の仕事を抱えておらず、雇用者が特別に時間を与えてくれたほうが、ボランティア活動はしやすい。この点では、政府と事業者にやれること、そしてやらなければならないことがあるはずだ。「現在の経済環境では無理」という言い訳は許されない。大恐慌後の米国や、第二次世界大戦後の英国では、労働者の権利と保護が拡充され、社会保障の拡大が約束された。私たちはコロナ禍を、助け合いをしやすい環境をつくるチャンスと考えるべきだ。

文化面におけるシフトも必要だろう。気配りや親切心や思いやりは、もっと積極的に奨励し、もっと具体的に報われるべき特質だ。ここ数十年は過小評価され、その報いも極端に少なかった。2020年1月に大手求人サイトを検索してみたところ、仕事内容に「親切」という言葉が含まれる職種の賃金は、平均賃金の約半分だった。今後は、親切と思いやりが、それにふさわしい対価が支払われるようにしなければならない。ただし、その価値の決定を市場に丸投げしてはならない。2020年春に世界中に響いた「医療従事者への拍手」を、形ある永続的なものに変える必要がある。心身の健康のために、そして未来の安全のために、私たちはコミュニティーとして力を合わせ、社会契約の恩恵を守らなければならない。

ノリーナ・ハーツ(Noreena Hertz)
ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン名誉教授
戦略、経済的リスク、地政学的リスク、人工知能(AI)、デジタルトランンスフォメーション、ミレニアル世代とポストミレニアル世代について、多くのビジネスパーソンや政治家に助言している。「世界で最もインスピレーションを与える女性の1人」(ヴォーグ誌)、「世界のリーディングシンカーの1人」(英オブザーバー紙)と評価され、世界のトレンドを見事に予測してきた。19歳で大学を卒業し、ケンブリッジ大学で博士号を取得した後、ペンシルベニア大学ウォートンスクールでMBAを取得。ケンブリッジ大学国際ビジネス・経営センターの副所長を10年務め、2014年より現職。最新刊『THE LONELY CENTURY 私たちはなぜ「孤独」なのか』が7/14発売。