日本のいじめは「傍観者」が多く、「消極的にいじめを容認する」

 昨年9月、ユニセフが「イノチェンティ レポートカード16 子どもたちに影響する世界 先進国の子どもの幸福度を形作るものは何か」を発表した。その中で、先進国38カ国を対象に生活満足度が高い子どもの割合を調べたところ、トップのオランダ(90%)を筆頭に先進国のほとんどが8〜7割におさまっているところ、日本は62%と37番目だった。

 なぜ日本の子どもたちは「幸せ」を感じられないのか。ひとつの要因は「いじめ」だ。各国で、頻繁にいじめを受けている子どもの生活満足度の高さを調べたところ、どの国でもいじめを受けていない子どもよりも低くなるという結果が出た。当然と言えば当然の結果だが、そこで注目すべきは日本の割合だ。

「日本についても、頻繁にいじめられている子どものうち生活満足度が高い子どもの割合は約50%で、これは、調査対象となった国々の中でほぼ最も低い割合でした」(レポートカード16)

 これは見方を変えれば、日本でいじめを受けている子どもというのは、あらゆる国の子どもの中で最も「絶望」を感じている、ということもである。

「大袈裟なことを言うな、日本のいじめなんて海外に比べたらかわいいものだ」という声も聞こえてきそうだが、実はこの「不都合な真実」を裏付けるような、データがある。少し古いが、国立教育政策研究所と文科省が編纂した「平成17年度教育改革国際シンポジウム報告書」におさめられた、「いじめー傍観者と仲裁者ーの国際比較」というものだ(参照:PDF)。

 日本とヨーロッパ3カ国のいじめを調べたところ、いじめの発生率は日本はそれほど高くない。むしろ、低いくらいだ。しかし、他国には見られない日本だけの特徴が浮かび上がった。

 それは日本のいじめ現場は、他国と比べて、いじめを見て見ぬふりをする「傍観者」がやたらと多くて、やめさせようという「仲裁者」が少ないということだ。

 他国では、中学生くらいになると、「傍観者」の割合が減って、いじめをやめさせようという「仲裁者」が増えていく。しかし、日本だけは「傍観者」が中学に入っても右肩上がりで増えて、逆に「仲介者」は減っていく。日本のいじめ現場というのは、自分がいじめてなくても、「消極的にいじめを容認する」というスタンスの人が他国と比べても多いという特徴がある。

 これを踏まえれば、先ほどのユニセフ調査結果にも納得だ。いじめられても、周囲が見て見ぬふりをして、誰も手を差し伸べてくれないという状況は「絶望」以外の何ものでもない。つまり、「日本の子どもの精神的幸福度は38カ国中37位」というのは、我々日本人が知らぬ間に刷り込まれている「消極的にいじめを容認する」という傍観者カルチャーが影響している可能性があるのだ。