アデュカヌマブに
期待されていること

――「アデュカヌマブ」はどういう薬ですか?

新井平伊医師アルツクリニック東京院長、順天堂大学名誉教授の新井平伊医師

 アルツハイマー病患者さんの脳の中に原因物質としてたまってくるアミロイドβタンパク(以下Aβ)を取り除く薬です。

 時系列でいうと、Aβは発症する20年ぐらい前から脳内にたまり始め、10年前ごろからリン酸化したタウタンパク質(以下、タウ)が蓄積して神経細胞にダメージを与え、その数を減らす。5年前ごろに記憶に関わる海馬が萎縮し、記憶力の衰えが見られるようになります。

 症状の進行過程としては、Aβやタウが蓄積しても症状のない時期を経て、脳の病変が進行して物忘れなどの症状が出始める「軽度認知障害(MCI)」に進み、その後発症する(ただし、必ずしもMCIからアルツハイマー病に移行するわけではない)。

 アデュカヌマブは、Aβの中でも毒性が強いとされるAβ凝集体を標的とする化合物で、これを取り除くことで認知機能の低下(悪化)を抑えることが期待されています。

――Aβを取り除くことで悪化の抑制は期待できても、神経細胞をダメージから復活させることはできないんですね。

 そうですね。神経細胞のダメージは回復しません。火事場の焼け跡と同じ。燃えてしまった木材を元通りにするのではなく、火を消すような感じです。

――とすると、神経細胞がダメージを受けないうちにAβがたまる兆候を発見し、除去しないといけない。早期発見・早期治療が一層重要になりますね。

 その通りです。この薬で効果が期待されるのは軽度認知症(MCI)および軽症のアルツハイマー病の患者さんに対してです。神経細胞が元気なうちに原因物質を取り除くことで、発症を遅らせる。

――早期治療という意味では、たまったAβを取り去るよりも、Aβが産出されないようにするほうがいいような気がしますが無理ですか?

 確かに、たまってしまったものを除去するより、作り出されるのを止めるほうがいいんじゃないかという発想は今でもあります。Aβを作り出す酵素の働きを阻害すればいいと。

 実際、酵素阻害薬の開発は第3層試験まで行きましたが、皮膚がんなどの重篤な副作用があったり、有効性が確認できなかったりといった理由でドロップアウトしました。

 考えてみれば、Aβを作り出す酵素は神経細胞にあるものだけではなく、体中に存在しています。その酵素の働きを阻害してしまうと、脳以外のいろいろなところで望ましくない反応が起きてくるのは当然でしょう。

 人間の体は、特に脳は一番発達した奇跡の臓器です。だから、そこを人間が考えたような浅はかなやり方でいじるのはよくないのかもしれません。