全選手の母親は、数年前に事故に遭い、後遺症で働けなくなった。祖父も病気で入退院を繰り返しているという。治療費が家計を大きく圧迫する。全選手の兄は中学校を中退して出稼ぎに行き、父は野菜を作って市場に売りに行くなどして家計を支えている。全選手は「学校が休みのときに帰宅しても、行くところがない。お金がないから」と話していた。

 こうした貧しい一家の運命は、一夜にして劇的に変化した。

 まず、全選手の祖父と母は、早速病院も個室に移り、「安心して休養してください。医療費のことは心配しなくていいから、政府が全額負担しますから」と約束された。

 全選手が食べたいと言った「辣条」は、段ボールに箱詰めされ、置き場所に困るほど全国各地から送られてきたという。そして、全国の動物園と遊園地から年間パスポートやVIPカードが届いた。

 さらに、地元の不動産会社がマンションを贈呈、自動車会社は高級車をプレゼントした。また、地元政府が早速無料で全選手の家の修繕に取り掛かり始めた。そのほか、国から100万元(約1700万円)の賞金が贈られるほか、企業からも奨励金の申し出が後を絶たない。

 全選手一家が住む村は、「中国一の村」として脚光を浴びた。取材陣や周辺地域から大勢の人が押し寄せ、自宅の前に集まったり、家族との記念写真を強要したりして、「まるで人気観光地のように混み合っている」という。質素な家の前に高級車が止まっている、対照的な写真がSNSで拡散されていた。

 かつて500元(約8500円)の医療費を借りようとお願いしたときには、親戚や村の人々は誰も貸してくれなかったという。数百人の自称「親戚」がやってきた光景に、「わが家には、こんなたくさんの親戚がいたとは知りませんでした」と全選手のお母さんが涙を流しながら、皮肉まじりに嘆いた。

貧困の実態を再認識
一方、「国のおかげ」という声も

 こうした「全紅嬋フィーバー」は、中国でさまざまな議論を巻き起こしている。SNSでは、次のような意見が散見された。

「もし、全さんが7歳のときに偶然にスカウトされなかったら、彼女は普通に義務教育を全うすることができたのか? 一生貧困のままなのか? もし、彼女が金メダルを取れなかったら、彼女の家族はちゃんとした医療を受けられるのか? 政府がこれほどの支援をするのか?」

「全さんはラッキーだ。全さんのような金メダリストはほんの一握りしかいない。では、金メダルを取れなかった選手、あるいは国の代表にもなれなかったたくさんの体育学校の貧困家庭出身の子どもたちのことが気にかかる。彼(彼女)自身、その家族の境遇はどうなっているのか?」

「お母さんの病名の字を読めないということは、基礎教育もままならずに、スポーツの機械として訓練されたということだ。現役ならまだいいが、引退したらどうなるか、彼女の将来が心配だ」

「われわれは、一人の金メダリストを喝采するときに、本当のオリンピック精神とは何か、スポーツの意味とは何かを考えなければならないのではないか? 国はメダルの数だけを追求するより、格差のない社会を作ることが先ではないだろうか」