近年、漫画の売れ方は大きく変わりつつある。作者自身がSNSアカウントで積極的に発信を行い、そこで「バズる」ことがきっかけで売上が伸びる事例が増えているのだ。
『教室の片隅で青春がはじまる』(KADOKAWA)もその一冊。作者の谷口菜津子氏がtwitter上で「有名になりたい女の子」と題して同書の1話目を公開したところ、たちまち1.4万件の「いいね」がつき、インターネット書店では一時品切れとなった。
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この作品が多くの人の心をとらえ、話題となったのはなぜなのか。作者の谷口氏に話を聞いた。
(構成:金井弓子)

みんな「特別な自分」を期待している

――本作の主人公「まりも」は「特別な人間になりたい」と願う女子高生。“特別”を意識しすぎて、周囲を突き放す発言を繰り返したり、奇妙な行動をとったりしてクラスでは浮き気味です。

 そんな彼女はある日、クラスメイトの「ネル」と交流するようになります。じつはネルはほかの星から来た宇宙人の留学生。まりもが憧れてやまないその“特別”な境遇ゆえに、ネルはクラスで最も華やかな「一軍」のグループに所属しています。

 ……一見ふつうの学園モノかと思いきや、ちょっとSFちっくな設定なんですね。

谷口菜津子(以下、谷口) そうですね。人の個性や抱えている気持ちを怪獣などの異生物で表現することが好きで、今回も人と違う形をした、異質な存在だけど実は共通点はある存在として宇宙人を登場させてみました。

――しかも、「特別になりたい子」と「特別な子」の対照的な友情ストーリーかと思いきや、そうじゃない。じつはネルは出身の星ではモテないタイプで、珍しい宇宙人として地球へ来ることで無理やり“特別”になろうとしていたことが明かされます。

 目立ちたがり屋のまりもは「世界のなかで特別でありたい」と強く願い、恋愛を渇望するネルは「だれかにとっての特別になりたい」と強く願う。

 本作はそんな“特別”をめぐる人の気持ちの機微を見事に描き出したことで、多くの人の共感を得たような気がします。谷口さんはなぜ、“特別”をテーマに作品を描こうと思われたのでしょう?

谷口 学生の頃、友達が「誰だって自分の人生を小説にしたらベストセラーになると思っている」と発言をしているのを聞き衝撃を受けました。「自分だけじゃなかったのか!!」と。

 自分自身は作家として特別な存在になれたらという願望を持っているのですが、作家とかそういうこと関係なしに自分に何か”特別”を期待する気持ちは多くの人が抱えていることなんだなと気づいた瞬間でした。

 小学生あるあるの「自分の手から炎が出たら…」みたいな魔法妄想も、特別願望の初期衝動なのかなーとも考えました。特別になりたいという願望は人に話すには痛々しいけどこっそりどこかでみんな持っているのかもしれません。

“特別”があふれるSNSで「じゃない側」がバズったわけ

――なるほど。「特別になりたい」を叶えるツールとしてSNSが登場し、その願望が可視化されやすくもなりましたよね。

谷口 SNSを使って気軽に肯定感や共感を得ることができるのはすごく良いなとは思う一方で、自分の価値を他人の評価に委ねないと確認できない不安感を煽ってるようなところがあるかもしれないです。

 私自身がそう思ってしまう一瞬があって、そこを煮詰めた感じが「西田めぐみ」というキャラクターになっています。

 西田めぐみはSNS上に現実とはかけ離れたキラキラした自分を作り上げて、インフルエンサーを演じています。彼女は自分に対する肯定感が低いので、みんなが「いいね」と思うような虚像を作って発信しているんです。

“特別”になりたい女の子の漫画が、SNSでバズった理由

――読者の方からは、どんな反響がきていますか?

谷口 「いまの自分を肯定したくなった」「キラキラしてる子もしてない子もみんな素敵だった」など、様々な前向きな感想をいただけてとてもありがたかったです。「人にオススメしたい」と言っていただける作品が今まであまりなかったので、それも嬉しかったです。

 私も友達や家族と漫画の話をするのが好きなので、自分の作品を通して誰かがコミュニケーションとってくれるんだということに感動しました。

――本作には、主人公まりもがなりたいと願ってやまない“特別”な人も登場します。たとえば、宇宙人と地球人のハーフの「サイリ」は、特異なプロフィールと美しい容姿から自他ともに認める特別な存在です。クラスでは一軍の派手なグループに所属し、異性からもモテモテ。

 でも、彼女はあまり幸せそうではありません。特別さと孤独は表裏一体。宇宙人のなかでも地球人のなかでも「特別扱い」されてきた彼女は、つねに居場所がないさみしさを抱えています。

 特別でも、特別じゃなくても孤独。谷口さんがそんなふうに登場人物を描いたのは、なぜでしょう?

谷口 “特別”をテーマにいろんな角度から描いていこうと考えた時に、周りから見たらすでに“特別”な人から見た物語も描きたいなと思いました。

 本作には、学年一の美少女と称されている「ニカ」という女の子も登場します。サイリやニカはたしかに“特別”です。

 でも、彼女たちが持つ「外見」や「出生」由来の”特別”は他人に判断されて得る”特別”なので、自分の中で自分を”特別”に思えるかという問題とは別の話になります。

 その辺の、外から見た自分と、自分の内面とのアンバランスな様子を二人の話で描こうとしました。

――彼女たちも、自分の感じるままならなさを言語化できず、作中で葛藤していましたね。そこに共感した読者も多そうです。今回、この作品を書こうと思ったきっかけはありますか?

谷口 ストーリー漫画は大体「この気持ちはなんなんだろう?」「どうしたらいいんだろう?」という疑問から作ることが多いです。

――谷口さんの中にも“特別”にあこがれる気持ちがあった?

谷口 はい。自分自身が作家として「もっと有名になりたい」という特別願望を捨てきれずにいたのですが、そういった名声欲はなぜ湧いてきてしまうんだろう? そもそも満たされきれない原因はなんなんだろう? などそういったことの答えを探したくてこの作品を描き始めたと思います。

痛々しい自分を優しく許してあげたい

――本作のようなストーリー漫画を描く一方で、谷口さんは「食べ物」にまつわるエッセイも多く出版していますよね。

 『放っておくだけで、泣くほどおいしい料理ができる』(ダイヤモンド社)は、長時間煮たり漬けたりすることでとびきり美味しくなる「長時間料理」作りを実践するエッセイ。『レトルト以上・ごちそう未満! スキマ飯』(KADOKAWA)なども出版し、尋常ではない食べ物愛を感じます。「食べ物」も、谷口さんにとって大きなテーマなのでしょうか?

谷口 エッセイ漫画はとにかくその時興味があることを描きたいと思っていて、昔は自分のままならない生活に注目して作品にしていましたが、最近は食べ物のことを考えるのが楽しすぎて食べ物のことを中心に描かせていただくことが多いです。

 近年はとくに読者の方には生活エッセイを描いていた頃の「私を見てくれ!」という気持ちより、「読んで明るい気持ちになってほしい」という望みが強くなっているので、美味しい食べ物のことや料理を失敗しても笑えるような話を描いていきたいです。

――『教室の片隅で青春がはじまる』が、SNSで多くの人の共感を得た理由は、どんなところにあると思いますか?

谷口 『教室の片隅で青春がはじまる』は「過去、教室にいた私たち」に向けて描いたつもりです。

自分たちの痛々しさや後悔を優しく許してあげられるような作品にできたらと思って話を考えていったので、もしかしたらそれがうまく伝わったのかもしれません。

谷口菜津子(たにぐち・なつこ)
“特別”になりたい女の子の漫画が、SNSでバズった理由

神奈川県出身。
漫画『教室の片隅で青春がはじまる』『レトルト以上・ごちそう未満!スキマ飯』(ともにKADOKAWA)、『放っておくだけで、泣くほどおいしい料理ができる』『今夜すきやきだよ』(新潮社から9月に刊行予定)などを執筆。
でんぱ組.inc『WWDD』のアートワークや、Eテレ『シャキーン!』のコーナー内作画などのイラストレーターとしての活動もしている。
Twitter【@nco0707