驚異の逆転力は「意図せぬ難局面への誘導」と、詰将棋力

 昨年7月、札幌での王位戦の第2局、絶体絶命から木村一基王位に大逆転した。藤井の数々の逆転は将棋界を驚かせてきた。逆転力について谷川は「最近は逆転勝ちも減り、序盤からのリードを守ることが増えました。とはいえ逆転力は藤井将棋の魅力の一つですね。劣勢でも相手にぴったりと肉薄して複雑な局面に持ち込んでゆき、相手がなかなか最善手にたどり着けないような局面に誘導していく。本人には罠をかけているつもりはなく、意図せず自然にできる能力がありますね」と分析する。

 藤井と谷川、40歳違いの天才には“詰将棋の強さ”という共通点もある。二人とも詰将棋を好み、難解な詰将棋問題を創作するのだ。これが彼らの終盤の逆転力に生きている。詰将棋について谷川はこう語る。「私が子どもの頃は詰将棋を解くというのが勉強で大きかったのですが、今の棋士の研究ではAIの活用が第一で、研究の半分の時間を占めるともいわれています。他の研究方法の重要度が落ち、詰将棋を解くことは研究の順位として下がりました。とはいっても、トップ同士が互いに時間がなくなってからの戦いでは、詰将棋経験が豊富な棋士は『これは見た形だ』として考えずに指せる。(詰将棋を)やっていない人なら30秒かかるところを、やっている人なら1秒で分かることもあります」。なるほど、この差は大きいはずだ。

 2年前の朝日杯の準決勝で藤井に敗れた行方尚史九段が「真綿で首を絞められるようで、いつの間にか息ができなかった」と話し、「一番強い勝ち方では」と感じた。

 谷川は「藤井さんは四段(プロ)になって1年くらいは逆転勝ちが多かったのですが、3年目くらいから序盤の精度が高くなってきた。作戦負けもなくなり、作戦勝ちから有利優勢のまま差を広げていく勝ち方ができるようになりました。その頃からですね」と振り返る。

「AIの申し子」と言われる藤井二冠だが、実際にAIを取り入れたのはプロ入りの少し前からだ。藤井はAIについて「序盤で定跡とされてきた指し手以外にもいろいろあると分かってきて、自由度が高まっていると感じています」と語っている。