才能とは一瞬のひらめきではなく、
毎日の積み重ねを苦に思わないこと

 最近は大卒棋士も増えたが、谷川が「将棋の勉強が受験にも役に立つ」というのも面白い。将棋と共通するのは、テストでも「時間の使い方」が重要になる点だ。

 奨励会は26歳までに四段に昇段できないと退会となり、棋士への道は閉ざされる。例外的にアマの破格の強豪などのために「編入試験」が設けられたが、極めて狭き門で、瀬川晶司六段、今泉健司五段など3人しかいない。奨励会員の2割ほどしか棋士、つまりプロになれないという過酷な世界だ。「退会していった若者から、希望の大学に合格したという知らせを聞くとうれしい」という。谷川の優しさだろう。

 大学といえば思い出すことがある。1993年に最年長(49歳11カ月)で名人になった米長邦雄永世棋聖(故人・日本将棋連盟元会長)はかつて「兄貴たちはバカだから東大へ行った。私は賢いから棋士になった」と豪語し、話題になった。

 谷川は米長発言について、以前の取材で「あれって、私が言ったように勘違いしている人もいて困るんですよ」と苦笑いしていた。谷川の兄・俊昭氏も東大へ通っていた。アマプロ対局などで活躍した実績もあるアマの強豪だが、棋士は目指さなかった。

 中学生でプロ入りした谷川自身は、神戸市の名門・滝川高校を卒業した。「帰宅すれば将棋の勉強があるので、教科の勉強時間がないから授業中に必死に覚えました」と言う。それができる頭脳もうらやましいが、遊びたい時期に我慢して精進できる「才能」があったのだ。

 谷川は藤井二冠の才能について『藤井聡太論』で「才能とは一瞬のひらめきのようなもので出てくるのではない(中略)。毎日毎日の積み重ねをそれほど苦にせず、自然に長期間続けることのできる力のことを指す」としている。

 ボクシングの元WBA・WBCスーパーウエルター級王者輪島功一(78)は「『才能があるのに努力しないからもったいない』と言う人が世の中、多いが、全く意味をなさない。努力し続けることができること自体が才能なのです」と語っている。谷川の言葉は、名ボクサーの言葉をほうふつとさせる含蓄に富む言葉である。

 そして藤井については「彼は努力とも思っていないのではないでしょうか。将棋が好きで好きで長時間、将棋盤に向き合って真理を追究していく。そのことに尽きるのでしょう」と語ってくれた。何十年に一度の天才が、後進の天才をどう見ているか。そこから我々が学ぶことは多い。