全体に悪影響を与える
「パワハラ野郎」の定義

 パワハラ社員対応は、日本では最近になって顕在化してきた問題だが、実は、強烈な個を許容しているかに見えるアメリカにおいても困難な問題として扱われてきた。

『低劣人間をデリートせよ!』というなかなか恐ろしいタイトルの本がある。英語の原題はもっと過激で「クソ野郎撲滅法(No Asshole Rule)」である。これがその辺のおじさんではなく、スタンフォード大学の教授が書いた本で、格調高いはずのハーバード・ビジネス・レビュー(HBR)に書いたエッセーがもとになったというから、ちょっと驚く。

 著者のロバート・サットン教授は、クソ野郎(この言葉を書き続けるのもちょっと気がひけるので、以下パワハラ野郎とする)を下記のように定義している。

【基準1】
 その人物と話したあと、標的になった側が萎縮し、侮辱されたと感じ、やる気を吸い取られるか、あるいは見くびられたように感じるか。とくに、標的自身が自分のことをダメ人間だと思い込んでしまったかどうか。

【基準2】
 その人物が自分より立場が上の人間にではなく、下の人間に狙いを定めているかどうか。

 こういう人が組織に一人でもいると、大変なマイナス効果があるという。本書によると、あるシリコンバレーの企業でもっとも売り上げのある営業部門のパワハラ野郎は、伝説になるほど短気で、同僚をライバルと見なし、毎日のように彼らを侮辱し、おとしめていた。

 特に夜中の嫌がらせメールは有名で、誰も彼とは働きたがらない。最後のアシスタントも、一年ももたなかった。人事マネジャーは上役を巻き込み、当人と会社の間での調整に膨大な時間を費やした。社員数名がパワハラ野郎に苦情を申し立て、会社はパワハラ野郎のアンガーマネジメントのクラスやカウンセリングに相当な経費を使っていた。

パワハラ野郎が与えた
会社への被害額

 そのマイナス影響がいかほどだったか、1年間分を算定したのが以下である。

 パワハラ野郎の直属の上司が費やした時間 2万5000ドル相当
 人事部の社員が費やした時間  5000ドル相当
 役員が費やした時間      1万ドル相当
 顧問弁護士が費やした時間   5000ドル相当
 パワハラ野郎の新たな秘書の雇用と研修にかかった費用  8万5000ドル相当
 パワハラ野郎の駆け込み要求に関連した時間外コスト  2万5000ドル相当
 アンガーマネジメントの研修とカウンセリング 5000ドル相当
 年間の被害総額 16万ドル(日本円にして約1600万円)

 会社は、この費用をパワハラ野郎への報酬から差し引くべきと考え実行した。パワハラ野郎は烈火のごとく怒り、周囲のスタッフを糾弾して、「辞めてやる!」と息巻いたが、実際には辞めなかった。これは直接の被害額のみである。それ以外にも、一般的にパワハラ野郎は以下のようなマイナス効果を組織に与えるという。

1)被害者や目撃者が受ける被害
 集中力の疎外、精神的安心感の低下、職場でのモチベーションと気力の低下、ストレスによる精神的被害など

2)パワハラ野郎の被害(パワハラ野郎にも「盗人にも三分の理」のようなものがあるのだ)
 被害者や目撃者が協力しない。被害者や目撃者からの報復など

3)経営者側が受ける被害
 パワハラ野郎をなだめる時間、関係者をなだめる時間、退職者の補充の雇用や教育にかけるコストなど

4)法的管理および人事管理にかかるコスト
弁護士費用、示談金、研修費など

5)パワハラ野郎に牛耳られた組織の被害
 革新性や創造性の低下、協調性や団結力の低下、協力関係のまひなど

 サットン教授は、こうしたパワハラ野郎による組織的損失が、上層部や投資家が認識している金額よりもはるかに大きいことを主張する。これは自分のコンサルタントとしての実感にもマッチする。パワハラ野郎は、たった1人しかいなくても、大変なコストがかかる。これが2人、3人ともなると、まるで組織全体が呪われているかのような空気に覆われてしまう。