新しい時代を切り開くための創造と革新のヒントが、
工芸にはある
「失われた三〇年」ともいわれるこの数十年の間、日本企業からは世の中を変えるような画期的な新製品やビジネスが生まれてきていないのではないでしょうか。
さらに、二〇二〇年には新型コロナウイルスの世界的な感染拡大が起こり、私たちのビジネスを取り巻く環境は、大きな転機に立たされています。今の時代に、私たち経営者やビジネスパーソンは、何を拠り所にして、どう行動すればいいのでしょうか?
そんな中で、新しい時代を切り開くための、創造と革新のヒントが西陣織に代表される「工芸」にあることを、本書ではお伝えしたいと思います。
いきなり工芸と言われて、戸惑われたでしょうか。そもそも工芸とは何か。辞書には「実用性と美的価値とを兼ね備えた工作物を作ること。またその作品(『大辞泉』小学館)」とありますが、私はもっとシンプルに考えています。
それは、「人が本来持っている『美しいものをつくりたい』という欲求や欲望に忠実にやってみること」です。本書では、美しいものを生みだすという、人の持っている欲求や欲望も含めて工芸の思考であると定義したいと思います。
そして、この「美しいものをつくりたい」という欲求や欲望こそが、西陣織が一二〇〇年も連綿と続いてきた大きな原動力であり、これは、日本人一人ひとりが持っている美意識とも言えるのではないでしょうか。
このような工芸の思考とその方法論は、これからの時代のあらゆる領域のビジネスに応用することができると思います。人が本来持っている本能的な欲求や衝動に素直に向き合うことで、創造や革新が現実のものとなるのです。
しかし私たちは、ビジネスを続けていけばいくほど、その分野の常識や固定観念にとらわれてしまい、本来一人ひとりが持っているはずの「美しいものをつくりたい」という欲求を発揮しづらくなっています。
たとえば、「西陣織」と聞けば「きもの」や「帯」と決めつけてしまうというふうに、なかなか既存の考え方や思考パターンから抜け出すことができなくなってしまうのです。
「工芸」には、新しい時代を切り開くための創造や革新のヒントがあります。
これは私が一二〇〇年間美を追求してきた西陣織を背景に、世界のトップクリエーターたちと協業してきた経験からたどり着いた、一つの結論です。
本連載では、私が自らの経験の中からつかんできた、これからの時代にさらに重要となる考え方と行動のヒントをお伝えしたいと思います。日本人が本来持っている美意識や美の魅力に基づいた、創造や革新を生む発想についてです。すべてのビジネスパーソンは、クリエーターです。
工芸の思考をそれぞれの形で血肉としていただき、皆さんが自分の中にある創造や革新の可能性に気づき、実践することによって、未来社会を生き抜くヒントにしていただけたら嬉しく思います。
これからの時代をつくり出していくのは、私たち一人ひとりの美意識に他ならないと、確信しています。しばし、本連載におつきあいください。
株式会社細尾 代表取締役社長
MITメディアラボ ディレクターズフェロー、一般社団法人GO ON 代表理事
株式会社ポーラ・オルビス ホールディングス 外部技術顧問
1978年生まれ。1688年から続く西陣織の老舗、細尾12代目。大学卒業後、音楽活動を経て、大手ジュエリーメーカーに入社。退社後、フィレンツェに留学。2008年に細尾入社。西陣織の技術を活用した革新的なテキスタイルを海外に向けて展開。ディオール、シャネル、エルメス、カルティエの店舗やザ・リッツ・カールトンなどの5つ星ホテルに供給するなど、唯一無二のアートテキスタイルとして、世界のトップメゾンから高い支持を受けている。また、デヴィッド・リンチやテレジータ・フェルナンデスらアーティストとのコラボレーションも積極的に行う2012年より京都の伝統工芸を担う同世代の後継者によるプロジェクト「GO ON」を結成。国内外で伝統工芸を広める活動を行う。2019年ハーバード・ビジネス・パブリッシング「Innovating Tradition at Hosoo」のケーススタディーとして掲載。2020年「The New York Times」にて特集。テレビ東京系「ワールドビジネスサテライト」「ガイアの夜明け」でも紹介。日経ビジネス「2014年日本の主役100人」、WWD「ネクストリーダー 2019」選出。Milano Design Award2017 ベストストーリーテリング賞(イタリア)、iF Design Award 2021(ドイツ)、Red Dot Design Award 2021(ドイツ)受賞。9月15日に初の著書『日本の美意識で世界初に挑む』を上梓。