オードリー・タンが好きな
レナード・コーエンの曲

 カナダのシンガー・ソングライター、レナード・コーエンの「Anthem」という詩の歌詞について触れていたのも印象的でした。

 Ring the bells that still can ring
 Forget your perfect offering
 There is a crack in everything
 That's how the light gets in

(対訳)
 まだ鳴る鐘を鳴らせ
 完璧さを求めるな
 すべてのものにはヒビがある
 光はそこから入るのだ

 台湾政府の新型コロナ対策にはユーモアがあふれるものも多いですが、そこにはオードリーさんの詩的な言葉のセンスも生かされているのでしょう。

「答えのない世界」では
「勝ち負け」は求められない

 台湾のIT政策には、「シビックハッカー」(市民エンジニア)の活躍が大きいと言われています。コロナ禍が始まったころ、市民がマスクの在庫状況を簡単に確認できるアプリを即座につくった話は有名ですが、このアプリ開発にも多くのシビックハッカーの協力があったようです。

 オードリーさんは、「元ハッカー」として、シビックハッカーたちをコーディネートして政府との間を取りもち、時には「三角形のようにバランスを取る役割」を担っているとのことです。そして、「自分は100%政治家ではなく、今も『Moonlighting』の現役シビックハッカーだ」と語っています。

「Moonlighting」というのは、月明かりの中でコソコソと活動する、つまり「こっそりとやっている副業」を表現する言葉です。これを聞いたとき、こっそりと楽しげにプログラミングしているオードリーさんの姿を想像してしまいました。

 講演の中で、「これまで嫌な上司や面倒な人とは、どのように付き合ってきたのですか?」という質問に対してオードリーさんは、「意見が異なると感じる人と向き合うときには、まず相手の視点で物事を見て、共通点を見つける努力をします。意見が合わない相手でも、長期的に見ればお互いに合意できる共通点は必ずあります。それを見つける努力をしています」と答えています。

 政策決定においてもこうしたアプローチを行っていて、たとえば、同性婚の是非を協議するときには、まず、同性婚に賛成する人と反対する人、双方にとっての「結婚の定義」を考えるところから始めると語っています。

 たとえば、結婚を「子孫繁栄のための家と家の結びつき」と考える人もいれば、結婚を「個人の幸せのための選択」と考える人もいます。双方にとっての「結婚」の定義を確認した上で、それぞれの価値観にひも付くfeeling(感情)も理解しながら、対立する課題の「Problem Definition」(問題定義)を明確にする。そうすることで、フォーカスすべき部分が明らかになるというのです。

 そして、多数決で決めるのではなく、多数派と少数派の双方が合意できるポイントを見極めると言います。そうすれば、「どちらが正しいか」ではなく、「完璧ではないけれど全体として満足度が高く、皆が受け入れやすい解決策」を見つけることができるということです。

 私たちは今、「答えのない世界」を生きています。

 価値観が多様化する世界では、「どちらが正しいか」という視点からでは解決できない課題があふれています。そうした中、「完璧ではないけれど全体最適な解決策を探る」というオードリーさんの姿勢から学ぶことは多いのはないでしょうか。