「優秀な姉」といつも比べてしまう…
カウンセリングをしばらくするうちに、A子さんは家族のことを話し始めました。
A子さんには3歳上に姉がいます。成績優秀、ピアノもかなりの腕前。スポーツも得意で、学生時代、いつも学校では中心的な存在でした。また、容姿についても「お姉さんは、将来お母さんに似た美人になるね」と言われていたそうです。
A子さんはそんな姉といつも比べてしまい、「私は何をやってもだめ。顔もお母さんに似ていないし」と自分に自信を持つことができませんでした。
教育熱心な母親は、A子さんが少しでも姉に近づけるようにA子さんをがんばらせてきました。
母親は、ピアノの練習を1時間という約束で始めても、「もう少しがんばればお姉ちゃんみたいに弾けるようになるから」と、結局倍の時間練習させます。
勉強の時間も、最初は問題集を毎日10ページ解けばいい、と言っていたはずなのに、「もう少しがんばればお姉ちゃんみたいにできるようになるから」とその倍の量をやらせました。
A子さんは自分も姉のようになって母親から褒められたい、周囲から認められたいという一心で、母親にしたがい、「もっともっと」とがんばってきたのでした。
しかし、A子さんは、どんなにがんばってもお姉さんのようになれなくて、お母さんに褒められたことは一度もなかったと言います。
A子さんは、いつのまにか自分に「ダメ人間」のレッテルを貼り、「私は人の倍以上やってもできないんだ」「もっとがんばらないと人には認められないんだ」と思い込むようになってしまいました。
優秀な姉のようになることだけを自分の理想の基準にしているA子さんは、いくらがんばっても、いくら向上しても自信を得ることはできませんでした。
また、A子さんは自分に自信がないことから周りの人に合わせてばかりだったそうです。友だちに合わせて興味のない映画を楽しそうに見たり、店員さんに勧められてほしくもない洋服を買ったり、行きたくない飲み会にも我慢して参加したり……。
「生きていてもおもしろいことなんて何もない。いつ死んでもいい。こんな気持ちになったのは最近ではなくて、もうずっと前からなんです」と言います。
「すべきこと」ではなく、「したいこと」をやろう
A子さんのように、いつも自分の気持ちを抑えて相手に合わせていれば、「生きていてもおもしろいことなんてない」と感じるのは当然のことでしょう。
私は、「友だちに誘われたら、行きたいのか、それとも行くべきだと思うのかを自分の心に聞いてみること」を提案しました。
A子さんが「生きていて楽しい」と思えるようになるためには、今までの「~すべき」という下に隠れていた「~したい」という自分の本当の願望に気づき、それに基づいて行動をすること、そして心の底から楽しむ経験をすることが必要だからです。
A子さんは、「心の中にぽっかり穴があいていて、いつも誰かに褒めてもらいたい、認めてもらいたいと思ってしまう。それでもっともっととがんばってしまう」と話し、「小さいころから母親に褒められたくて、姉のようになるためにがんばり続けてきた。その気持ちが今も根っこにあると思う」と言いました。
私が「もうそろそろお姉さんやお母さんから自由になってもいいのでは? まずは今までがんばり続けてきた自分を認めてあげては?」と伝えました。
A子さんは、「自分で自分を認めてあげないといけませんね。姉は姉、私は私。時間がかかるかもしれないけれど、やってみます」と涙ぐみました。
A子さんは、その後も「誘われたら行くべきなんじゃないか」「頼まれたらやるべきじゃないか」という、「~すべき」にしたがって行動しようとする気持ちが何度も現れましたが、徐々に「~したい」を実践していくようになりました。
「もともと好きだった油絵をもう一度描きたい」という気持ちが芽生えきて、A子さんは絵画教室に通うようになりました。その後、彼女のよさを認めてくれるパートナーとも出会い、パートナーの助けもあって、「こういう私でいいんだ」と思えるようになっていきました。