「まず重要なのは正しい診断です。有効な予防法・治療法があっても、診断が間違っていれば効果はありませんからね。例えば同じ認知症でも、『アルツハイマー病』と『レビー小体型認知症』では治療方法も違います。

 全国の脳ドックで、早期発見を目的にMRIが行われていますが、MRIで発見できるのは、くも膜下出血の原因になる脳動脈瘤と、脳血管障害(脳梗塞や脳出血)が主で、認知症の2割に当たる血管性認知症だけ。アルツハイマー病などで起こる脳の萎縮を発見することもできますが、そもそもMRIで確認できるくらい脳が萎縮していたら、病気はすでに発症している段階。二次予防的には手遅れです」

 そこで新井医師は、超早期発見・予防開始のための脳ドックシステム「健脳ドック」を開発した。

 一番の特徴は「アミロイドPET」だ。がんのPET検診と同様の技術を用いて、アルツハイマー病の原因物質とされるアミロイドβタンパク(以下Aβ)の蓄積量を測る。精度の高い診断が可能だが、まだあまり一般的ではない。

「アミロイドPETは日本中にありますが、大学病院では主に研究用、人間ドックではオプションとして検査専門に用いられているので、検査から治療・ケアまでを一貫して実施しているのは私のクリニックだけかもしれません。

 通常、認知症の診断には、神経心理検査やCTまたはMRIによる画像検査、問診などが行われているのですが、私のところに全国の専門医からアルツハイマー病として紹介されてくる患者さんの2~3割は、Aβがたまっていないケースです。これは問題だといえます」

 アミロイドPETの診断力を物語るエピソードとして、2つの症例を紹介してもらった。

「50代女性と60代男性で、2人とも、アルツハイマー病で『半年から数年後には要介護になるだろう』と認知症専門医から宣告されての受診でした。ところがアミロイドPET検査をしたところ、50代女性はAβがたまっておらず、診察の結果、アルコール性の認知症であることが分かりました。かなりのワイン愛好家だったんです。さっそく治療を開始し、認知症は改善。今も現場で働いています。

 一方の60代男性はPET検査の結果、Aβの蓄積が確認でき、アルツハイマー病であることが確定しました。ですが半年、数年後に要介護なんてことはあり得ません。できる限りの治療をし、薬の治験も紹介させていただき、前向きに病気と闘っておられます」

生活習慣の改善で
発症を35%抑えられる

 アミロイドPETを駆使した超早期診断の次は、いよいよ「発症を遅らせる」ための二次予防対策に進む。

 使うのは、新井医師がこれまでの研究成果から作成した「プラウドスコア」(認知症発症リスクスコア)だ。これは、認知症の危険因子として上げられる糖尿病、高血圧、運動不足、アルコール多飲傾向、喫煙など12項目のリスク因子に、患者が自覚する相対リスクの1.5を掛け認知症の発症リスクを数値で表していくというもの。

▼認知症のリスクを高める要因と相対リスク
教育を受けた期間が短い 1.6倍
聴力の低下 1.9倍
うつ病 1.9倍
運動不足 1.4倍
肥満 1.6倍
高血圧 1.6倍
糖尿病 1.5倍
喫煙 1.6倍
社会的孤立 1.6倍
※ある要因を持つ人が、要因のない人と比べて認知症を発症する確率がどれくらい高いかを示す数値(Livingston G.et.Lancet.2017 July 19 による)
新井医師はこれらに加え、アルツハイマー病患者の半数が持つとされるアポリポタンパクE4(APOE4)遺伝子の有無や加齢といった要因も調べ、リスクを総合的に評価する。

 仮に全部の発症リスクに該当する患者の場合、リスクスコアは最大値である1.5×12乗(リスク因子の数)=130となり、要因が1つもない人に比べて130倍も発症しやすいことが分かる。一方、危険因子に1つも該当しない場合は1.5×ゼロ乗で1となり、認知症発症リスクは最も低いと判断される。

「予防対策では、医学的にはどうするか、日々の中ではどうするか、お一人ずつ処方箋を作り、プラウドスコアで判明したリスク要因を1つずつ減らしていきます。特に大切なのは生活習慣の改善です。全部の要因が当てはまる患者さんはほとんどいませんが、5つぐらいが当てはまる方は多いです」

 正直、リスク要因はいずれも日常そのもののありふれた問題ばかりなので、「単なる気休めではないか」との疑念も湧いてしまう。