小京都が炎上対策で用意した
「新しいコンセプト」とは

 そもそも、小京都は、この種の愛国批判を受けることを想定してか、途中でコンセプトを強引に変更して、プレオープン時の名称は「盛唐・小京都」となっていた。

 直訳すると、「唐の最盛期の小京都」という意味だ。日本・京都の文化は、唐の影響を色濃く受けており、唐文化の縮小版といえる。だから、京都の町並みを再現することは、唐の都を再現することと同じだというニュアンスだ。

 つまり、京都文化の源流・元祖は唐にありとするコンセプトというわけだ。これによって愛国批判をかわしたいという苦心の跡を感じさせるが、日本人からすると、トンデモ歴史以外なにものでもない。

中国・大連の「小京都」、無期休業でも中国は痛くもかゆくもない理由小京都の各店舗は京風建築を細部まで再現した建物で商店街を形成している(提供:出店テナント)

 確かに、京の都は唐の影響を受けている。平安初期に長安を参考に平安京の町割りをしたことを知っている方も多いだろう。しかし、現在受け継がれる京都の建物や文化には、応仁の乱後に独自に誕生・発展したものも多い。

 今の京都で、唐の影響を残すものなんてあるのだろうか。生粋の京都人に聞いても、ほとんど皆無と認識しているのではなかろうか。そんなウルトラCのロジックまで駆使して小京都プロジェクトを進めたわけだ。

 実は、中国で小京都が炎上した後、攻撃された会社が東京にある。建物の設計やデザインを担当したJPMという会社だ。代表を務めるのは、現在は日本へ帰化している中国朝鮮族出身者で、かつて吉林省・延辺大学で教鞭に立った人物だ。

 代表と面識がある朝鮮族から聞いた話では、徹底して本物にこだわり、日本人の建築家や庭師とタッグを組んで本物の京都を大連に再現したという。この会社も、デマだらけの情報で中国SNSを中心に愛国批判の対象となってしまった。