「脱炭素」は産油国にとっても正念場
経済原理を超えたショックが起きかねない背景

 実は1974年の産油国事情とは違う別の理由から、産油国にはふたたび結束して生産量を削減する政治的インセンティブが存在します。それは世界的なゼロカーボンの動きです。

 世界各国の首脳が今、協調して確認していることは、2050年には脱石油社会を作ろうということと、2030年までにクリーンエネルギーで経済を賄えるようにエネルギーインフラの構造転換を図ろうという話です。

 地球温暖化を止めるためには絶対的に必要な政策なのですが、産油国にとってみれば「あなたたちは2050年までに存在価値が低い国に転落していきますよ」と言っているようなものです。そしてこの10年間、このまま何もしなければ、世界中に太陽光と風力による発電インフラが完成していき、2030年には世界経済の石油依存レベルは大きく下がります。

 では、産油国が世界に対抗するバーゲニングパワーを発揮できるのはいつでしょう? それは、今しかありません。今だったら、もし石油が不足したら世界経済は大打撃を受けるので、世界の首脳は産油国の話に耳を傾ける余地がある。しかし、世界の首脳が協調して脱石油に向かう中で耳を傾けさせるにはパニックが必要です。

 今の状況を見ると、産油国は決して協調して動いているわけではありません。しかしロシアがEUへのガスパイプラインによる輸出制限をかけているという疑惑があったり、西側からの増産要請をサウジアラビアやクウェート政府がのらりくらりとしか対応しなかったり、アメリカのシェールオイル開発会社がなかなか稼働を再開させなかったりと、空気として「サボタージュ」を疑うべき状況があることも事実です。

 地球温暖化阻止の立場からは、この2020年代前半はまさに政治的正念場なのですが、裏をかえせば世界の石油産業、石炭産業にとっては2020年代前半は、同じ意味でその生存をかけた正念場です。

 経済原理を超えた、政治的なショックが起きれば1974年、1979年につづく第3のオイルショックがあるかもしれない。そしてもし日本がスタグフレーション危機に見舞われるとしたら、その主要因は需給ギャップではなく、オイルショックになると私は予測しています。

(百年コンサルティング代表 鈴木貴博)