忖度しすぎて効果がなかった固定資産税

 実は、中国は固定資産税について1986年の早い段階で立法化していた。しかし、その後、不動産に関わる税金は「取得時」と「売却時」における課税で終始し、「保有時」には課税しないままでいた。

 ところが、2010年の上海万博前後に空前の住宅価格の上昇が起き、上海市ではついに「保有への課税」が始まった。

 2011年に上海市と重慶市に限定し、固定資産税の試験運用が始まったが、「自己居住用住宅」への課税はされなかった。ちなみに、上海では税率を0.4%と0.6%に分け、非居住用の住宅を対象に課税が実施された。

 上海で固定資産税の試験運用が行われた当時、筆者は不動産を専門とする上海財経大学の教授に意見を求めたことがあったが、「こんな微々たる金額では効果がない」と税率の低さや特例措置の多さにあきれていた。当時は「市況に影響を与えたくない」とする政府側の意図もうかがえた。もっともそれ以上に忖度(そんたく)したのは、党や政府内からの反発だろう。この時代、公職に就く多くの者がその利権を乱用し、許認可と交換に、開発業者から住宅を提供させるなどして私腹を肥やした。

 その一方で、上海市民の不満は小さくなかった。

 それは「自分たちが買った不動産は所有権ではない」という認識から来る反発で、「70年間の土地使用権に対して、なぜ固定資産税を払わねばならないのか」というものだった。ここでいう使用権とは、日本で言うなら借地権に相当するが、「多額の頭金やローンを組んで手に入れたにもかかわらず、使用権の期限である70年を経過すれば、土地も建物も没収されて国家のものとなってしまうといわれているのに、その間にも税金(固定資産税)を課すのは矛盾する」(上海市在住の会社員)という議論は、今なお根強いものがある。

 固定資産税が導入されたにもかかわらず、上海市の住宅価格は、その後10年間、天井知らずの上昇を続けた。上海市における固定資産税の導入は、どこか中途半端なものがあったのだろう。中国の不動産専門家の論評を見ると「たいした効果はもたらさなかった」というものもある。それどころか、この10年で中国全体に取り返しのつかない格差社会を定着させることになったのである。

 上海市閔行区に在住する陳紅さん(仮名)も、10年前に行われた固定資産税の導入に顔色を変えた1人だった。その陳さんは10年後の今、習指導部が振るう“大ナタ”に「早晩、上海では、投資用の住宅のみならず、自己居住用の住宅についても課税されるだろう」と身構える。だが、その一方で、この“大ナタ”により周辺相場が下がれば、我慢して住み続けてきた老朽住宅からの買い替えもできるのではないか、という希望も持っている。