最後の10秒で「なかなかいい人生だった」と思えればいい

――40代、50代が海外に飛び出して稼ぐのは難しいでしょうか?

中野 50歳でも60歳でも、何歳でもできますよ。たとえば台湾を旅行してお金がなくなったら、屋台に行って「皿洗いをやるからお金ください」と言えば相応のお金をくれるし、ご飯も食べさせてもらえるでしょう。

 そこで働きながら「素」の自分に戻っていろんな話をすればいいんです。現地の人と話をすればその国の事情もわかるし、世界が広がります。

 僕は台湾に30年ほど住んでいますけれど、台湾の人はすごくオープンで生き生きしています。

 逆に日本人は、人に迷惑をかけちゃいけないという気持ちが強すぎて、必要以上に我慢しながら生きるように教育されているような気がします。これは国民性として、台湾と日本では大きな違いがあります。

 今も台湾と日本を往き来していますけど、日本に帰ってくると結構つらいんですよ。電車に乗っているサラリーマンはみんなスマホを見ているし、「アイムハッピー」っていう雰囲気が全然感じられないんですよね。

――同じマンションに住んでいても挨拶もしない人がいて、私も残念に思うことがあります。誰でも孤独は嫌なはずなのに、自ら他人を遠ざけている人もいますよね。

中野 僕は台湾でも粗末な部屋で1人暮らしですけど、鍵は閉めないんです。めったに泥棒なんか入ってこないから。

 でも近所のおばさんが勝手に入ってきて、掃除してくれたり、ご飯を作って置いていってくれるんです。僕が帰ったときに「あれ、誰かいるぞ?」と思って家の中に入って行くと、おばさんが出てきて、「ご飯作ったから食べ終わったら言って。皿洗いに行くから」って。

 こんなこと、日本ではなかなかない。台湾はそれくらい人を信用できる文化が残っているんです。まあ、たまに「散歩に行くならうちの犬も連れて行って」と言われることもありますけどね(笑)。

――最近、電車に乗っていてもピリピリした空気を感じるほど、日本は他人に疑心暗鬼になっている人が増えていると感じます。

中野 人を疑うと自分もつらくなって、悪い意味での孤独に陥ってしまいますからね。そうならないためにも、やっぱり行く先々の人たちと交流しながら楽しく旅をしたほうがいいと思います。

 ただ、「孤独死」っていう言葉がありますけど、あれは全然不幸だとは思いません。生きている人が勝手にかわいそうと決めつけているだけで、本人は死んだことさえわかっていないかもしれない。

 葬式だって死んだ人のためじゃなく、生きている人の見栄や自己満足ですから、僕は別に必要ないと思っています。

――中野さんは、仕事も人間関係も必要ないことはぜんぶ捨てればいい、と本に書かれていますが、死ぬまで絶対に捨てたくないものはあるのでしょうか。

中野 絶対に捨てたくないというより、最後まであきらめたくないのは、人生最後の10秒で「なかなかいい人生だった」と思える方向に向かって生きていくことですね。

 これは死ぬ瞬間まで粘り続けたいです。途中で何があっても、人生最後の10秒間で後悔しない生き方をしたいと思っています。

【「だから、この本」大好評連載】
第1回 本やネットで「答え探し」をしていると、いつまでたっても成功できない理由
第2回 77歳「伝説の経営者」が、瑛人の『香水』を聴くワケとは?
第3回 マーケティングを一切考えない「伝説の経営者」が重視する、「孤独の力」とは?

「孤独」で「不幸になる人」と「幸せになる人」との決定的な差中野善壽(なかの・よしひさ)
ACAO SPA & RESORT代表取締役会長・CEO
東方文化支援財団代表理事
寺田倉庫前代表取締役社長兼CEO
1944年生まれ。弘前高校、千葉商科大学卒業後、伊勢丹に入社。子会社のマミーナにて、社会人としてのスタートを切る。1973年、鈴屋に転社、海外事業にも深く携わる。1991年、退社後すぐに台湾に渡る。台湾では、力覇集団百貨店部門代表、遠東集団董事長特別顧問及び亜東百貨COOを歴任。2010年、寺田倉庫に入社、2011年、代表取締役社長兼CEOとなり、2013年から寺田倉庫が拠点とする天王洲アイルエリアをアートの力で独特の雰囲気、文化を感じる街に変身させた。2018年、日本の法人格としては初となるモンブラン国際文化賞の受賞を果たす。2015年12月、台湾の文化部国際政策諮問委員となる。2019年に寺田倉庫を退社。地域や国境を越えた信頼感の醸成をはかり、東方文化を極めたいという飛躍したビジョンを持つ東方文化支援財団を設立し、代表理事に就任。国内外のアーティスト支援を通して、地方再生やアジアの若手アーティストの支援などを行っている。2021年8月、ホテルニューアカオ(ACAO SPA & RESORT)代表取締役会長CEOに就任。
著書に『ぜんぶ、すてれば』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『孤独からはじめよう』(ダイヤモンド社)がある。
「孤独」で「不幸になる人」と「幸せになる人」との決定的な差