自殺とは「近代的な現象」である
佐藤:トマーシュ・ガリッグ・マサリクは政治家であるだけでなく、社会学者でもありました。彼のウィーン大学での教授資格取得論文が『現代文明の社会的大量 現象としての自殺』(1878年/出版は1881年)というものです。その中でマサリクは、プロテスタント地域とカトリック地域での自殺率の違いを統計的に調べました。さて、どちらが高い自殺率になっていたと思いますか?
シマオ:えっと、確かプロテスタントは、新しく生まれた派閥でしたよね?
佐藤:はい。そもそも宗教改革はまず都市部から起こりましたから、必然的にプロテスタントの住む地域は近代的な都市が中心になります。一方、カトリックの人が多く住んでいる地域は、伝統的な村落共同体でした。
つまり、プロテスタント地域のほうが経済的には豊かだということです。
シマオ:ならば、自殺率は、というと、カトリック地域のほうが高かった……と見せかけて、プロテスタント地域のほうが高かった!とか?
佐藤:正解なのですが、それはなぜでしょうか?
シマオ:都会の方が、なんか冷たい感じだからですかね。
佐藤:順を追って考えましょう。当時はやはり貧困が自殺の大きな要因だと考えられていました。しかし、マサリクが調べた結果、近代化されて、より豊かであるはずのプロテスタント地域のほうが自殺率は高かった訳です。
シマオ:となると、自殺の原因は貧困とは別のところにある、と。
佐藤:はい。近代化するということは、社会が大きく変わっていく時代だったということです。すると 人々はどう感じるでしょうか。
シマオ:近代化されて全員が平等に豊かになるならいいですけど、現代を見てもそれはありえませんよね。むしろ、急激な変化に追いつけない人が出てきそうです。
佐藤:その通りです。社会が変化するということは、不安定になるということでもあります。その動揺を受ける人たちが、不安を感じて自殺に駆り立てられるのではないか。つまり、自殺とは「近代的な現象」であるという仮説を立てたのが、マサリクでした。このことは後の社会学や心理学で確かめられていきます。
シマオ:カトリックの人たちは、近代化の影響を受けなかったんですか。
佐藤:都市部に比べて農村部は孤独や不安になりにくいんですよ。というのも、農作業は家族や共同体で集まってやるものですし、作物を作っていますから食べ物の調達も何とかなるからです。それに変化のスピードも緩やかですから、同じような暮らしが続くという安心感が持てるのです。
シマオ:なんだか現代でも同じような感じがしますね。