連載タイトルの「2.2坪」は、焼肉屋「六花界(ろっかかい)」の実面積。東京・神田駅の東口から徒歩30秒。飲食店がひしめくサラリーマンと金融の街「神田」のガード下に、2.2坪の焼肉店が生まれました。四畳半程度のスペースの中に、厨房もトイレも客席も全部ある、めちゃくちゃ狭いお店。「2.2坪? やめとき! 無理無理! そんな狭い飲食店ないもん!」……誰に話しても否定の言葉ばかり浴びせられる毎日。ところが、今や「狭さ」「不便さ」を逆手にとった戦略が注目を浴び、12年経った今でもTVやメディアで取り上げられ続けており、「和牛+和酒」「立ち食い焼肉」「知らない人と七輪共有」「タレ肉は出さない」などストーリーのある焼肉店として話題に!「私語禁止、撮影禁止、スマホ禁止」「SNS投稿禁止」「完全紹介制」「支払いではなくお月謝」「女性だけしか予約の取れないお店」「プロジェクションマッピングも活用した劇場型焼肉店(クロッサムモリタ)」など、誰も思いつかなかったようなオンリーワンなコンセプトで超予約困難店に! そんな食通たちをうならせている森田隼人の奇想天外な発想と経営哲学、生き方がわかる注目の1冊が、『2.2坪の魔法』。今回のテーマは、2.2坪の激セマ焼肉店・店主が考えた残業を発生させない仕組みについてです。(撮影・榊智朗)

仕組みの作り方次第でお客様の満足度を高めながら、
同時にスタッフの労働環境を改善していくこともできる

2.2坪の激セマ焼肉店・店主が考えた<br />残業を発生させない仕組みとは何だったのか?!

 一般的には、飲食店の仕事は労働時間が長く、辛い仕事と思われているかもしれません。実際、飲食業を含むサービス業は営業時間が長く、就労時間として長いことが多いです。実際の営業時間が8時間だとしても、準備・仕込み・片づけにはどの飲食店もかなりの時間を費やします。結果として拘束時間は長くなってしまいます。

 もちろん、仕込みは最重要ですが、スタッフにとって大きな負担でもあります。たとえばラーメン屋さんは、一晩中寸胴鍋に張り付いていたり、焼鳥屋さんは朝からずっと串打ちをしていたり。

 しかし、僕のやっている六花界グループでは、勤務時間はかなり短い方です。

 僕自身、六花界を開店した当初には建築家としてもプロボクサーとしても活動をしていましたが、六花界への出勤は平日月曜から金曜まで、土日祝は完全お休み。オフの時間はボクシングジムに練習へ行ったり、旅行にも出かけていました。

 平日17時半オープンのため、16時半にお店に到着し、掃除をしてお客様をお待ちし、23時半に最後のお客様のお会計をして24時の終電で帰路につく。7時間半労働です。残業もありません。

 今でも六花界のメンバーの出勤はオープン1時間前です。オープン前にやる開店準備は、掃除、不足品の購入ぐらい。お店を長く続けていくためにも、変にムリをしてはいけないと思い、オープン前の仕込みがほとんど必要ないようにシステムを作ったのです。

 まず、お肉は切り置きをせずその場で切って盛り付けをします。こうするとお客様にも切りたての良い状態でお出しできます。また、すでにお伝えしたように六花界のお肉には味付けは一切しません。サイドメニューもシンプルで、その場で調理できるものばかりにしました。

 焼肉はお客様が最終調理をするというのが大きな利点なので、その利点を最大限活かし、新鮮なお肉を提供することに特化したのです。

 このように、仕組みの作り方次第でお客様の満足度を高めながら、同時にスタッフの労働環境を改善していくこともできると思います。

 他のグループ店の場合は六花界よりも多少勤務時間が長くなりますが、業界標準と比べれば短く、お給料は通常の飲食店と同じ基準でお支払いし、成果報酬の仕組みも設けています。スタッフには空いた時間にいろいろと遊んで、学んで、経験して、仕事に活かしてくれればいいと考えているからです。その経験の時間が、従業員一人ひとりの個のポテンシャルを引き出すことにつながり、お客様の満足度に結果的に跳ね返ってきます。

 特に小さなお店の場合、単純作業を人数で解決するようなやり方ではなく、テクノロジーを使い、システムを作り、省略できるところは省略していきます。

 そして省略した分を、お客様とのコミュニケーションやライブ感に費やすということが、僕の大事にしていることの一つです。

 たとえばグループ2店舗目となる初花一家は、「仕込みをお客様に見ていただくこと」をコンセプトにしたお店です。

 僕は熟練した職人さんの握るお寿司、カクテルを作る姿が美しいバーテンダーを見て感激したことが何度もあります。料理人は隠れた厨房で静かに寡黙に……というのもカッコいいのですが、今まさに調理をしているというライブ感は感動的な体験につながります。

 お肉に関していうと、目の前でステーキを焼いてくれる鉄板焼屋さんはたくさんありますが、「今まさに新鮮なお肉を切り出している」という様子をご覧になった方は多くないと思います。

 そこで1品1品、完全に仕込みの様子をお客様に見ていただくことが「牛肉」という食材への勉強になるのでは? と考えて、初花一家では「今からこのお肉を切っていきます」と、お肉のことをお伝えしながらコースでお肉料理を召し上がっていただきます。

 このやり方をいつしか「劇場型焼肉」と呼んでいただけるようになったのですが、仕入れに自信があり、なおかつ肉のことを熟知しているからこそできた業態だと自負しています。10年経った今でも、根本のところで同じようにできているお店はないと思います。

 つまり言いたいことは、お店や商売の規模は、大きくしなければいけないわけではありませんし、他のお店と同じようにやらなければならないわけではありません。

 むしろ他の業界やジャンルのやり方から学び、常識を書き換えていくことで、小さいお店だからこそできる仕組みが必ずあるということです。