汎用チップのメリットとデメリット

 では、インテル製CPUの開発や製造プロセスが順調に進展していれば、Macintoshのアップルシリコン化は行われなかったかというと、そうではない。一般に、インテル製CPUのような汎用チップを利用することのメリットとしては、量産効果によるコストダウンや、専業の半導体メーカーが持つノウハウを享受できることなどが挙げられる。しかし、それは同時に、汎用チップを採用する製品の性能が横並びとなり、また、製品の機能に関する方向性の主導権も半導体メーカーに握られる危険性を秘めている。

『インテル中興の祖 アンディ・グローブの世界』(大谷和利・加茂純共著)の中にも、元CEOの故アンディ・グローブが来日した際の秘話として、次のようなエピソードがある。日本のコンピューターメーカーとの共同会見の段取りを前日に確認したグローブが、その場でシナリオを書き換えるように命じた。当初の流れでは、インテルは日本のコンピューターメーカーを支える黒子的な位置付けだったが、グローブはあくまでもインテルが主役で、コンピューターメーカーはその顧客にすぎないという姿勢を崩さなかったのだ。

 それでも、グローブと親しかったスティーブ・ジョブズは、初代MacBook Airに搭載するCore 2 Duoプロセッサのパッケージサイズを、その年の後半に予定されていた60%小型のものに前倒しで変更させるなど、ある程度の要求を通したところもあった。それでも、基本的な性能や機能はインテルの仕様に甘んじるしかなく、発熱のため夏にはファンが回りっぱなしとなるような状況も生まれた。

 だが、アップルが他のコンピューターメーカーと違っていたのは、iPhoneという絶大な人気を誇るスマートフォンを手中にしたことにより、単独で独自の半導体開発を行っても、十分な量産効果が得られるだけのスケールメリットを得たことにある。

 加えて、同社のハードウエアテクノロジー担当上級副社長でシリコン設計の責任者を務めるジョニー・スロウジも指摘していることだが、汎用チップは多くのメーカーに採用してもらうことが前提であるため、最大公約数的な仕様設定にならざるを得ない。これに対して独自チップは自社が策定する仕様に特化できるために余計なオーバーヘッドがなく、思い切った設計を迷いなく行えて、開発も効率良く進められる。そしてTSMCのような外部ファウンドリーに製造委託すれば、その時点で最高の製造プロセスを利用してリードを広げることも可能となった。

 これらの要素がそろったことで、アップルは、OS、ソフトウエア、ハードウエア、サービスに加えて半導体をも統合開発できる企業となり、今後の製品開発の幅をさらに広げられるポテンシャルを手中にしたのである。