マルコムXと出会ったカシアス・クレイは、預言者ムハンマドと第4代正統カリフのアリーにちなんで、モハメド・アリと改名、ムスリムとして新たな生を刻み、歴史に名を残すボクサーとなりました。それは、リングの内外を問わず、倒されたとき倒れたままで済ますことがなかったからです。(解説/僧侶 江田智昭)
困難と失敗があるからこそ人は成長できる
今回の掲示板に書かれている言葉は、伝説のプロボクサーであるモハメド・アリのものです。彼は元WBA・WBC統一世界ヘビー級チャンピオンであり、歴史上最も有名なボクサーと言っても過言ではないでしょう。
「チョウのように舞い、ハチのように刺す」とヘビー級ながら評されたモハメド・アリは、ベトナム戦争への徴兵拒否でタイトルを剥奪されても自力で奪い返すなど、倒されても倒れたままで終わるようなことはしませんでした。
私たちは人生の中でさまざまな困難に遭遇し、それらを乗り越えて生きています。皆さんはこれまで遭遇したトラブルや犯してしまった失敗について、どのくらい覚えていますか? 生きてきた時間が長ければ長いほどいずれも数多くあるはずですが、すべてを覚えている人はなく、おそらく大半を忘れてしまっているのではないでしょうか?
忘れてしまった理由は何でしょう。中には忘れたいと強く念じて記憶から消し去ったものもあるかもしれません。しかし、経験したトラブルや失敗が生きていく上での教訓となり、その後の人生に役立つようになると、記憶の中では単純に失敗と位置づけることができなくなります。つまり、ほとんどのトラブルや失敗は人生の汚点ではなくなるのです。
もし失敗をしたときにずっと動かず倒れたままでいたら、それが学びとして生かされる機会を失い、人生の単なる汚点として心に刻まれてしまいます。それは、非常にもったいないことです。再び立ち上がって、さまざまな試行錯誤を重ねることによって、過去の失敗が思わぬ形で生きてくるのです。精神科医で随筆家でもある斎藤茂太氏はこんな言葉を残しています。
人生に失敗がないと人生を失敗する
失敗は、どんな人の人生にも必要不可欠なものです。失敗することでしか学べないこともあるからです。人間は度重なるトラブルや失敗から多くのことを学び、経験値を蓄積させていきます。ですから、失敗することは決して恥ずかしいことではありません。一度の失敗でくじけてしまい、そこから何も学ばず、そのまま動き出さないことが恥ずかしいことなのです。
自分にとって都合の悪い「困難」や「失敗」は、自分自身を育ててくれるための「有り難いご縁」だと仏教は教えてくれます。「困難」や「失敗」に出合ったときは、「自分は運が悪かった」の一言でごまかすのではなく、「自分の何が悪かったのか」「そこから何を学べるのか」について、謙虚に振り返ってみましょう。「困難」や「失敗」は私たちを必ず大きく育ててくれます。最後に過去の連載で紹介した掲示板の言葉を紹介します。
難が無ければ無難な人生
難が有れば苦難の人生
難有ればこそ有り難し
残念ながら私たちは、人生の中で「難」を絶対に避けることはできません。「難」に遭遇したとき、それを乗り越えるために常に試行錯誤を重ねながら、そこに喜びや有り難さを感じられるような人間になりたいものです。
次の連載から3回に分けて、「輝け!お寺の掲示板大賞2021」の受賞作品を紹介してまいります。乞うご期待。