「やる気を削ぐ一言」をいかに減らすか

曽山 なるほど。反面教師の存在も、自分を確立するうえでは大事かもしれないですね(笑)。くわえて「抜擢する」というのは「期待をかけること」でもあるわけですが、これってタダなんですよね。すごく野暮な言い方かもしれないけれど、抜擢ってタダなんですよ。お金が一銭もかからない。にもかかわらず、多くの企業で抜擢が進まないのも、本当にもったいないことだと思います。

前田 たしかにそうですね。というか、それ以前に、「褒めない」上司が多いですよね。「褒める」のってタダなのに(笑)。

曽山 ほんとにそうですよね。あるとき、長い歴史を持つとある会社の人事部長に、「サイバーエージェントでは、褒めることを重視している。やる気を重視している」という話をしたら、「べつに褒めなくてもいいじゃないか。褒める必要なくない?」って言われたんですよね。

 これが、とてもショックでした。「こういう考えって本当にあるんだなぁ」と。特定の企業では「褒めること」の価値の低いんだと痛感しました。褒めるのが照れくさかったり、難しかったりするのであれば、まずはその手前で「期待をかける」ところから始めてほしいなと思います。「期待をかける」文化が職場から広がり、日本国民みんながお互いに期待をかけ合ったら、日本はとても良い国になると思います。

前田 本当にそうですよね。ぼくも研修で、「上司からかけられた言葉の中で、『やる気が出た一言』と『やる気をなくした一言』を好きなだけ出してください」と問いかけると、全体の3分の2が「やる気をなくした一言」なんですよね。「やる気が出た一言」は全体の3分の1にも満たないんです。

曽山 たしかに、「やる気をなくした一言」ほど、記憶に残りますよね(笑)

前田 そうなんです。これ、どこの会社でもあまり変わらないんですね。「やる気をなくした一言」ほど、すごく出てくる。中には「話しかけているのに、上司は私の顔を見ず、ずっとパソコンを見ながら話を聞いていた」と、ノンバーバルのところでやる気をなくした人もいます。

 そして、「このようなところで部下のやる気を削いでいる」と気づいていない人たちと、「自分は上司にこんな対応をされて嫌だったから、自分が上司になったら絶対にしない」と反面教師にしている人とで、上司になったときに成果を出せる、出せないが二極化しているんじゃないかと思いますね。

 前者の人たちも、自分が部下だったときには「上司にこんなことを言われたり、されたりしたら嫌だな」と思っていたはずなんです。でもいざ自分が上司になったら、そんなことを忘れて、かつての上司と同じことをしている。残念なことです。

「育成上手」なリーダーが、部下を「育てよう」としない理由

曽山 そうですよね。

前田 ぼくは、「やる気を出す一言」をかけるのが難しいのなら、「やる気を削ぐ一言」を知り、それを言わないようにするところから始めてもいいのかなと考えています。

 とってつけたように「やる気を出す一言」をかけても、自然に出てくる「やる気を削ぐ一言」がすべてを台無しにしてしまいますからね。「期待をかける」文化を広げるとともに、世の中の3分の2以上を占める「やる気を削ぐ一言」をいかに減らすかも重要な問題ですね。

曽山 たしかに、まずはそこに意識するといいかもしれないですね。

「抜擢」を連鎖させる

前田 ところで、ふと思ったのですが、サイバーエージェントさんには中途入社組も多く、前職で「褒める文化」も「期待をかける文化」もない会社にいた方が入ってくる場合もあるわけですよね。中途入社組が前職の「よろしくない企業文化」を持ち込むことはないのですか?

曽山 実は、昔はあったんです(苦笑)。というのも、中途入社組をそのまま管理職として登用することが多かったからなんですね。

 でも、今はとても減りました。中途入社組はみんな一般社員として入ってもらいますから、上司から抜擢され、「期待をかけられるとはこういうことか」と実感しながら、弊社の文化を学んでいってもらっています。

「育成上手」なリーダーが、部下を「育てよう」としない理由

前田 なるほど。だから「次の世代へ、さらに次の世代へ」と若手に期待をかける文化がつながっていくわけですね。

曽山 そうですね。どんどん「期待連鎖」「抜擢連鎖」のようなものが生まれる風土になっています。

前田 「抜擢連鎖」っていい言葉ですね。「抜擢連鎖」が日本中に広がってほしいですね。

曽山 とはいえ、普通は連鎖しないものなんですよ。弊社内でも、全部が全部、連鎖しているとはいえません。どこかで止まる可能性は常にあります。

前田 でも傾向として、自分が抜擢されると、その人の下につく人もやがて抜擢される確率は高まるのではないでしょうか?

曽山 それは、高まりますね。そもそも、部署を統括しているトップが「自分はほかのチャレンジをするから」とナンバー2に部署を任せた後、その部署の業績が伸びる事例がとても多いんですよ。その成功事例をみんなが体感しているから、「トップが抜けても組織が崩壊するなんてことはない。むしろ伸びる」と信じて、抜擢に前向きになれるんです。実際、私が以前統括していた部署も、私が抜けたら業績が伸びましたからね(笑)。

前田 後継者のほうが結果を出すと、ちょっとショックだったりはしませんか?

曽山 いえいえ、そんなことはないですよ。だって、その後継者を育てたのは自分だと思えますし、社内でもそのように評価されますからね。

前田 そこが重要だと思うんです。「自分のポジションを守ろう」とする上司って、部下の手柄を横取りしたりしますよね? だけど、そんなことをしたって、周りの人は誰の手柄かわかってますから、上司本人の評価を下げるだけ。そんなことよりも、部下がどんどん手柄を上げるようにサポートして、部下を育てたほうが評価される。部下育成こそが上司の仕事なんですからね。

 そして、そのような文化の中で成長していく若手は、きっとチャレンジマインドが強いでしょうから、上司になってからもチャレンジに対する恐怖心があまりなく、どんどんチャレンジして、若手を抜擢していけるのでしょうね。

曽山 そういうことですよね。とはいえ、みんな内心では躊躇したり、不安をもったりしています。実際に抜擢された社員からもよく聞く話です。みんな、チャレンジは怖いんですよ、本当は。でも「仲間が一緒だから大丈夫」「いざとなったら上司に助けを求められるから大丈夫」という信頼を命綱に、みんなチャレンジするんです。

前田 たしかに、そういう「信頼関係」を築けてなければ、「チャレンジする文化」「抜擢する文化」は成立しないかもしれないですね。そして、「信頼関係」を築くのは決して簡単じゃない。どんな会社でも、新卒で横並びで会社に入ると、「あいつ出世しやがって」「こいつ給料いくらだ」なんてどうでもいい話を飲み会でしたりするわけですからね。抜擢された同期をやっかむ人が生まれるのが当たり前といえば当たり前。そういう感情を乗り越えて、「抜擢された人」をみんなでフォローしていこうという「人間関係」「信頼関係」をつくれていることこそが、サイバーエージェントさんの強みなのかもしれないですね。

曽山 重要なのが、仮に誰かが抜擢されたとしても、「別のチャンス」にフェアに挑戦できるかだと思うんです。それがないとどうしても閉塞感が充満し、不満が溜まってしまいますからね。

前田 なるほど。多くのチャンスをフェアに与えることで、「ひいき感」はなくなり、抜擢されなかった人も納得して、抜擢された人をサポートしようと思えるということですね。このように、いろんな仕組みがからみあって、ひとつの「文化」が生まれているということなんですね。改めて、組織って奥が深くて、実に面白いものだと思います。

「育成上手」なリーダーが、部下を「育てよう」としない理由曽山哲人さん(右)と前田鎌利さん。サイバーエージェント社内に展示されている前田鎌利さんの作品の前で撮影。