『課長2.0』の著者・前田鎌利氏と、注目の最新刊『若手育成の教科書』の著者・曽山哲人氏が「若手を育てるための管理職の思考法」をテーマに語り合う対談が実現した。抜擢する文化が根付いているサイバーエージェントだが日本全体を見てみれば、若手をどんどん抜擢する会社は決して多いとはいえない。「抜擢できない組織」の問題点はどこにあるのか。そして「抜擢」によるハレーションを収めるために重要なことは何なのか。おふたりに「期待をかけ合う風土」をつくるために必要なことを語り合っていただいた。【構成・前田浩弥、写真・榊智朗】

「育成上手」なリーダーが、部下を「育てよう」としない理由写真はイメージです Photo: Adobe Stock

「抜擢」が進まない原因は、たった1つ

前田鎌利さん(以下、前田) 曽山さんが書かれた『若手育成の教科書』には、「抜擢」することで若手を成長させるノウハウが詳細にまとめられています。仕事を与え、責任を渡し、期待をかけることこそが、人材育成の最大のエンジンだというご主張は、まさにそのとおりだと思います。とはいえ、「抜擢」に踏み切れない会社はまだまだ多いように思えます。抜擢しない組織の問題点は、どこにあるとお考えですか?

曽山哲人さん(以下、曽山) 私は、「上司が、自分自身のチャレンジをしていない」ことが問題だと思っています。

前田 どういうことでしょうか?

曽山 上司が「自分はこれにチャレンジする」と決めると、そのチャレンジに時間を割くために、部下を抜擢して、それまで自分がやってきた仕事を任せざるを得なくなります。

 逆に言えば、上司が「新たなチャレンジ」をしない組織では、自然と「抜擢しない組織」が生み出されるということになるんじゃないかと思うわけです。

「育成上手」なリーダーが、部下を「育てよう」としない理由曽山哲人(そやま・てつひと)
株式会社サイバーエージェント 常務執行役員CHO
1974年神奈川県横浜市生まれ。上智大学文学部英文学科卒業。1998年伊勢丹に入社、紳士服部門配属とともに通販サイト立ち上げに参加。1999年、社員数が20人程度だったサイバーエージェントにインターネット広告の営業担当として入社し、後に営業部門統括に就任。2005年に人事本部設立とともに人事本部長に就任。2008年から取締役を6年務め、2014年より執行役員、2016年から取締役に再任。2020年より現職。著書は『強みを活かす』(PHPビジネス新書)、『サイバーエージェント流 成長するしかけ』(日本実業出版社)、『クリエイティブ人事』(光文社新書、共著)等。ビジネス系ユーチューバー「ソヤマン」として情報発信もしている。2005年の人事本部長就任より10年で20以上の新しい人事制度や仕組みを導入、のべ3000人以上の採用に関わり、300人以上の管理職育成に携わる。毎年1000人の社員とリアルおよびリモートでの交流をおこない、10年で3500人以上の学生とマンツーマンで対話するなど、若手との接点も多い。 若手の抜擢に力を入れているサイバーエージェントでは、20~30代でグループ会社の社長に就任した社員は46人、うち20代での社長就任は25人(2019年1月末時点、孫会社を除く子会社56社中)。20代の管理職は100人以上(2020年9月末時点)。「20代の成長環境」がある企業ランキングでは4位(2020年、エン・ジャパン調査)に選ばれる。最新作『若手育成の教科書』(ダイヤモンド社)が発売即大重版となった。

前田 なるほど。

曽山 上司のチャレンジは、必ずしも自発的である必要はなくて、経営陣や上司から「これをやってほしい」と依頼される形でも構わない。たとえば、「曽山くん、明日から5部門の兼務をよろしく」と言われて「よし、やるぞ」と覚悟を決めたら、ここで一気に自分はチャレンジが始まるわけですよね。するとほかの仕事を若手に渡さなければいけないという状況が生まれるんですよ。

前田 たしかにそうですね。ソフトバンクで管理職をやっていた頃、まさにそのような状況におかれました。でも、そのために、メンバーの力を借りるようになって、自分自信がマネージャーとして成長することができたように思いますね。

曽山 そうそう。ソフトバンクさんのように、兼務をガンガン振る社風の会社では、抜擢が生まれやすいといえるでしょうね。サイバーエージェントの場合には、トップの藤田や役員が自らどんどん新しいことにチャレンジをしています。たとえば藤田の場合、「ABEMAをやるぞ」となったら、ABEMAに95%の時間を割くと決めて、他の仕事は全部役員に任せる。そうすることで、他の人材も育つという流れです。

前田 なるほど。トップがそういう姿勢であれば、みんなそれを見習うでしょうね。その結果、「抜擢する文化」が自然と醸成されていくんですね。

「育成上手」なリーダーが、部下を「育てよう」としない理由前田鎌利(まえだ・かまり)
1973年福井県生まれ。東京学芸大学で書道を専攻(現在は、書家として活動)。卒業後、携帯電話販売会社に就職。2000年にジェイフォンに転職して以降、ボーダフォン、ソフトバンクモバイル株式会社(現ソフトバンク株式会社)と17年にわたり移動体通信事業に従事。その間、営業現場、管理部門、省庁と折衝する渉外部門、経営企画部門など、さまざまなセクションでマネージャーとして経験を積む。2010年にソフトバンクアカデミア第1期生に選考され、事業プレゼンで第1位を獲得。孫正義社長に直接プレゼンして数多くの事業提案を承認され、ソフトバンク子会社の社外取締役をはじめ、社内外の複数の事業のマネジメントを託される。それぞれのオフィスは別の場所にあるため、必然的にリモート・マネジメントを行わざるを得ない状況に立たされる。それまでの管理職としての経験を総動員して、リモート・マネジメントの技術を磨き上げ、さまざまな実績を残した。2013年12月にソフトバンクを退社。独立後、プレゼンテーションクリエイターとして活躍するとともに、『社内プレゼンの資料作成術』『プレゼン資料のデザイン図鑑』『課長2.0』(ダイヤモンド社)などを刊行。年間200社を超える企業においてプレゼン・会議術・中間管理職向けの研修やコンサルティングを実施している。また、一般社団法人プレゼンテーション協会代表理事、情報経営イノベーション専門職大学客員教授、サイバー大学客員講師なども務める。

曽山 そうなんです。藤田は、ABEMAをやるとなったら、広告もゲームも、すべて部下に任せてしまった。非常に明快で、シンプルです。任せなければ、チャレンジに時間と力を注げない。だから任せる。それだけなんですよね。

 だから、抜擢が進んでいない会社や部署の幹部・管理職と面談をして、「抜擢が結構難しいんですよー」という声が出てきたら、私は必ず「今、何にチャレンジしているの?」と聞きます。すると返ってくる答えは現状の延長線にあることが多いのです。でもこの問いかけをすることで、延長線上であってもそうでなくても、より大きな意味のある目標を考えるきっかけになるのです。

前田 たしかに、上司が「自分のポジションを守ろう」としている限り、「部下を抜擢する」などということは起こらない。

曽山 ええ。前田さんの『課長2.0』には、「自分の『ポジション』を守らない」という項目がありますが、まさにそれですね。

「自分はもっとデカいことをやる」って決めないと、ちょっと危なくなったらすぐ、元のポジションに戻ってしまう。抜擢しないのは、自分が戻れるポジションをキープしているだけなんです。こう話すと、だいたいの人は目覚めてくれて、「たしかにそうですね、新しいチャレンジを決めます」と話してくれる。こういうコミュニケーションを、社内ではよくやっていますね。

前田 ぼくは、自分のポジションを守るために必死になっている上司を見て、「こうはなりたくない」とよく思ったものです。だからこそ、自分はどんどん「守り」に入らず、「やりたいこと」にチャレンジしていくことができたようにも思います。