ひろゆきが「世間から見た自分の価値」に
関心がないと語るワケ

超ファシリテーション力平石直之氏の著書『超ファシリテーション力』

平石 確かに、自分がやりたいことと、会社が求めていることがマッチしていると思いますね。また、会社のリソースをかなり使わせてもらっているという実感があります。アベプラだって、私が全部キャスティングから何からやるわけにはいかない。会社にお膳立てしてもらっているから、実現できるわけです。

 私はレースには出るんですが、マシンもコースも用意してもらっていて、レーシングカーに乗って運転するだけ。バックミラーを調整するとか、アクセルやブレーキを踏むタイミングを計ることは自分でもしますが、ほとんどはお膳立てされて成り立っているし、個人ではできないレベルの環境を組織力で整えてもらっています。私はそれに乗っかっているというか。

 だから非常にありがたいなと思っています。そのことを自覚して、自分の価値を見誤らないことが大事かなと。独立する、しないは別として、世間でも会社の中でも評価されるような自身の「バリュー」は何だろうか、ということは問うようにしています。

ひろゆき 僕は、「世間から見た自分の価値」には関心がないんですよね。

 興味のある人はきっといるだろうと思いながら、「僕がやりたいこと」をやって、結果として、それなりの人が僕を見てくれるようになったという感じ。これをやったら自分にとってメリットがあるだろうなということが頭では分かっていても、おそらく僕は実践できないし、それが面白いと思わない。

 今はたまたまメディアに多く出させてもらっていますけど、それだって時代が変われば仕事はなくなりますよ。僕が市場に合わせているっていうより、たまたま時代にマッチしたってだけなんじゃないかなって思っています。

平石 でも、ひろゆきさんは2ちゃんねるの時代があって今があって、押し出す部分やスタンスをうまく変えながら時代の波に乗っている印象があります。

ひろゆき うーん、基本的には全部「微調整」なんですよね。考え方とか言っていることは昔から変わってないです。テレビに出ていなかったときもネット上では似たようなこと書き続けていたので。そういう意味では、本質的な考え方は変わらないんですけど、テレビ用に分かりやすくしゃべるようになったり、NGワードを使わなくなったりみたいな、ちょっとした変化はありますかね。