「危機」を「機会」に

 前述したディップの「ファウンダーズスピリット」の中でも、同社に大きな飛躍をもたらしたのが「ピンチはチャンス」である。

 ディップは危機に直面するごとに、非連続な成長に向けてギアシフトしてきた。たとえば、マザーズ上場予定の3日前に、売り上げの7割を依存していたヤフーから、業務提携を解消するという通告を受ける。求人情報サイトの運営をリクルートとの提携に切り替えることになったというのである。

 売り上げの急落が必至となり、株式公開は辞退。一方で、この絶体絶命のピンチを乗り越えるべく、自社ブランドを前面に押し立てて顧客獲得に奔走し、辞退の5か月後には上場を実現する。日本株式史上最短のスピードだという。

 2008年のリーマンショックは、求人広告市場に大打撃をもたらした。同業他社が人員削減を余儀なくされる中で、ディップは管理職の給与削減で乗り切り、反転に転じる。

 2009年3月、熱海で開催された社員総会で、冨田氏は、自分が持っている株式の一部を、全社員に無償で譲渡するという「期待を超える」決定を発表。その額は、現在の株価にするとおよそ40億円になるという。

 そして社員に向かって、次のように説いた。

「失業者がどんどん増えています。働きたいのに仕事がないという人がさらに増えていきます。我々が集める求人情報は、その人達にとって希望の光です。ぜひ、社会的使命と責任を持って仕事に当たって欲しい。その使命と責任を果たすことが、ディップの企業価値を高めます」

 リーマンショック後の2年間で、競合各社が売り上げを大きく落とす中、ディップは反転攻勢をかけてシェアを大きく伸ばしていった。危機がディップの人財力と組織力を鍛え上げ、「人が全て、人が財産」という経営哲学をより強固にする大きな契機になったと、大友氏は述懐する。

 そしてその10年後、コロナ禍が世界を暗雲で覆い尽くした。ディップは、コロナに感染した働き手への経済支援策をいち早く展開するとともに、企業側にも臨時求人掲載枠の無償提供などを実施。社内では「フィロソフィーコーチング」をリモートで展開し、企業理念の原点に立ち戻ることの必要性を説いた。

「社会を改善する存在となる」という同社のパーパスは、コロナ禍という非常事態において、ますます重みを増している。そして、この暗雲の先の未来を大きく切り拓く先導役を果たしてくれるに違いない。

 本書を通じて、読者はディップの四半世紀にわたる急成長の軌跡を追体験することができる。同時に、資本主義の限界を突破する「志本経営(パーパシズム)」のパワーを、疑似体験してもらえるはずだ。本書は、明日へと大きく踏み出していこうとする人に、多くの学びと勇気を与えてくれるだろう。