唾液はどこから出ているのか?、目の動きをコントロールする不思議な力、人が死ぬ最大の要因、おならはなにでできているか?、「深部感覚」はすごい…。人体の構造は、美しくてよくできている――。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント9万人超のフォロワーを持つ著者が、人体の知識、医学の偉人の物語、ウイルスや細菌の発見やワクチン開発のエピソード、現代医療にまつわる意外な常識などを紹介し、人体の面白さ、医学の奥深さを伝える『すばらしい人体』が発刊された。坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」と絶賛されている。今回は、著者が書き下ろした原稿をお届けする。好評連載のバックナンバーはこちらから。

【世界史を変えた病気】「ベルリンの壁の崩壊」に影響…東ドイツの最高権力者を襲った病気の正体Photo: Adobe Stock

人体の中の「石」

 不思議なことに、人体の中には色々なところに「石」ができる。

 例えば、大人でも悶えるほど痛いことで知られる「尿路結石」は、その代表例だ。特に、膀胱と腎臓をつなぐ尿の通り道、「尿管」に結石が詰まってしまう「尿管結石」は痛みが強い。成分は、カルシウムや尿酸など様々で、尿に溶けきれなかった物質が結晶化して石を作る。

 また、大便が石のように固まったものを、「糞石」という。

 これが、盲腸(大腸の一部)から伸びる細い管状の「虫垂」にはまり込むと、そこで細菌の繁殖が促され、炎症を起こすことがある。これを、「虫垂炎」と呼ぶ。昔から「盲腸」と呼ばれている病気だ(ただし糞石がなくても虫垂炎は起こる)。

 さらに、非常に頻度が高く、かつ重要な「石」がもう一つある。

「胆石」である。

 胆汁の通り道である胆管や、胆汁をためておく袋である胆のうの中に石ができることがあるのだ。胆汁は、主に脂肪分の消化を助ける消化液の一つである。その成分であるビリルビンやカルシウム、コレステロールなどが溶けきれずに結晶化したものが胆石である。

 中でも、胆のう内にできるケース(胆のう結石)は頻度が高く、7~8割は胆のう内の胆石である(1)。

 胆石があっても、症状がなければ気づかない。実際、一定数の人が気づかないうちに胆石を持っている。日本人の胆石の保有率は10%以上と推測され、特に肥満者での保有率は約25%と高い(1)。

 胆のう内の結石は、時に胆のうの出口を塞ぐなどして、発作的な痛みを引き起こす。

 これを胆石発作という。さらに、これが原因で胆のう内に細菌が繁殖し、炎症を起こすこともある。これが胆のうの感染症、「胆のう炎」である。右脇腹の痛みと発熱が典型的な症状だ。

 胆石を持つ人が多い以上、胆石発作や胆のう炎も、非常にありふれた病気だ。

東ドイツの最高権力者を襲った病

 長年にわたり旧東ドイツの最高権力者であったエーリッヒ・ホーネッカーは、かつてベルリンの壁の建設を命じた人物としても知られている。ベルリンの壁は、1961年から28年に渡り、同じベルリン市民を社会主義体制と資本主義体制に分断していた。

 だが1989年、東ドイツの民主化がますます加速する中、ホーネッカーは病に倒れてしまう。原因は、胆石発作である。

 手術後、約6週間にわたるホーネッカーの療養は、彼の影響力の喪失、ひいては同年のベルリンの壁崩壊にも影響を与えたと言われている(2)。ベルリンの壁崩壊を契機に東西対立の構図は崩れ、約40年にわたる東西冷戦が終結することになる。

 病気は、相手が誰であろうと容赦なく襲いかかる。多大な影響力を持つ人物を襲う病気は、時に歴史の流れをも変えてしまうものだ。

 さて、胆のう結石の治療としては、胆のう自体を摘出する手術が標準的である。胆のうは、なくても体にそれほど大きな支障があるわけではない。あくまで胆汁を作るのは肝臓であり、胆のうはその通り道にある「ため池」にすぎないからだ。

 なお、胆のう結石が検診などで偶然見つかったとしても、すぐに手術が必要なわけではない。胆石発作のような症状を起こした場合に、手術を検討するのが一般的である(1)。

 ただし、「ため池」ではなく、「本通り」に石が詰まってしまう「総胆管結石」は、早期の治療が必要だ。胆汁の通り道が塞がると、胆汁の出口がなくなり、その上流で交通渋滞を起こしてしまう。

 ここで細菌が繁殖すると胆管炎となり、命に関わる重い病気に発展してしまうのだ。

 人体とは不思議なもので、しばしば自らを害する物質をこしらえてしまうものだ。

 とはいえ、他の有機物と同様に、人体も様々な化学反応で動いているにすぎない。フラスコの水に食塩を入れすぎると、溶けきれない量は沈殿するのと同じく、体内の物質のバランスが崩れれば、フラスコ内と同じ現象は人体にも起こりうるのだ。

【参考文献】
(1)「胆石症診療ガイドライン2021(改訂第3版)」日本消化器病学会
(2)「医学探偵の歴史事件簿 ファイル2」小長谷正明著、岩波新書、2015

(※本原稿は、ダイヤモンド・オンラインのための書き下ろしです)