認知科学をベースに「無理なく人を動かす方法」を語った『チームが自然に生まれ変わる』は、マッキンゼーやネスレ、ほぼ日CFOなどを経て、エール株式会社の取締役として活躍する篠田真貴子さんも絶賛する「新時代のリーダー論だ。
多くのマネジャーが「従来のリーダーシップでは、もうやっていけない…」と実感しているいま、部下を厳しく管理することなく、それでも圧倒的な成果を上げ続けるには、どんな「発想転換」が求められているのだろうか?

なぜ、ルールが多い職場ほど「たるみ」が生まれやすいのか?Photo: Adobe Stock

リーダーの「言葉」こそが
部下の「現実」をつくっている

 メンバー全員のWant to(心からやりたいと思っていること)を引き出し、それぞれに組織のパーパスとも部分的に重なっている「自分だけのゴール」が見えてきたら、あと残るのは、いかにしてそのゴールが描く世界に「没入」してもらうかである。これは「ゴールを実現できる気がする!」という手応え、すなわち、セルフ・エフィカシーを高めていくプロセスにほかならない。

 本音で実現したいと思えるゴールが設定できていれば、人の心は自然とそちら側に引き寄せられていく。ただし、同時にそれを邪魔するものもある。本人の心理的ホメオスタシスだ。たとえば、「優秀なエンジニアとしてオタクたちの代弁者になる」というゴールがせっかく見えてきても、本能は「これまでどおり」「現状維持」を全面的に肯定し、変化することから極力逃げようとする。

 この段階におけるリーダーの役割は、メンバーの心理的ホメオスタシスを発動させる要素を取り除き、「新しいリアリティ」のほうに臨場感をシフトさせていくことである。

 その中心となるのは、コミュニケーション上の方策だ。リーダーの「言葉」こそがメンバーの「現実」をつくっていくのである。

「やらなくていい仕事」
「守らなくていいルール」を捨てる

 メンバーの内部モデルを書き換えるためのコミュニケーション術に入っていく前に、まずはごくごく基本的な部分について押さえておこう。それは簡単に言えば、「メンバーがHave to(やらなければならないという思い込み)を捨てられるような環境をつくっていく」ということである。

 人が「真のWant to」に目覚めて、そこに臨場感を抱くためには、心にまとわりついている膨大なHave toを捨てていく作業が必要になる。

 この事実はリーダーだけでなく、メンバーにもあてはまる。いくら1on1を通じてメンバーのWant toを掘り下げていったとしても、日々の業務がHave toにまみれていては、内部モデルの変更は進まない。1on1の場ではリーダーに熱く夢を語っていたメンバーも、雑務で散らかったデスクに戻った途端、一気に「現状」に引きずり戻される。

「いくらきれいごとを言ったって、目の前には仕事が山積みなんですよ……。やりたいことがあっても、やれるはずないじゃないですか……」と面と向かって言ってくるメンバーもいるかもしれない。

 あなたなら、こういうときどう答えるだろうか?「そうは言っても、どうしてもやってもらわないといけない仕事はあるんだから、そこは我慢してもらうしかない」とお茶を濁すだけだろうか?

 もしもチーム内のメンバーが膨大なHave toに縛られているのなら、それはほかでもなくリーダーの責任である。Have toになっているタスクのうち、少しでもいいからITやAIで代替できないだろうか? 外部にアウトソーシングできないだろうか? そうした観点で社内のタスクを振り返らず、社員たちがHave toにまみれている状況を看過しているのだとすれば、経営サイドの責任もかなり大きい。

 Want toに溢れた組織をつくりたければ、やりがいを感じられないタスクをどんどん外注していくのが近道だ。経営者はそのための予算をしっかりと現場に配分していかねばならない。経営陣がそうしたマインドを欠いている場合は、現場の声を上に伝えていくこともリーダーの役目だろう。

 会社のなかには、こうした「やらなければならないタスク」のほかにも、「やってはいけないこと」などを定めたルールなどが存在している。その多くは「決まりだから」という理由だけで守られており、とっくに時代遅れになっているものもあるはずだ。そうした形骸化した「やってはいけない」を撤廃していくことも、リーダーがやるべきHave toを捨てる活動の一環である。

 たとえば、ある職場では「勤務時間中にYouTubeを視聴してはいけない」というルールがつい最近まで守られていた。このルールがつくられたのは、YouTubeに上がっているコンテンツのほとんどがエンタメ系のものだった当時のことだ。ところが、ここ数年のうちにYouTubeの使われ方は大きく様変わりしており、ビジネスやエンジニアリングにも有益なコンテンツが増えてきた。

 こうなると、過去に設定した「YouTube禁止ルール」を惰性で残しておくのは、同社のビジネスにとってもマイナスでしかない。そのため、このルールは時代遅れのものとして撤廃されることになった。

 すでに意味を失ったルールに引きずられ、不要なHave toがメンバーに押しつけられていないだろうか? メンバーたちがそれぞれのWant toに邁進できるよう、最高の環境をつくっていくこともリーダーの責任である。