私には何かが足りなかった。そうだ、「華」だ

「紗生、どうしたの?」

 母親が急に黙り込んだ私に気がついて声をかけてきても、私の耳には入っていなかった。じっと前を、Sちゃんたちの方だけを見て、考えていた。

 私には、何かが足りない。

 そのときに運悪く、ハッと気がついてしまったのだと思う。

 本当なら、ただ、ちゃんと劇を終えられて、ああ楽しかった、よかった、で終わっていればよかったのだ。何にも気がつかずにいればよかったのだ。

 私は頑張り屋で、一生懸命で、いつも先生から褒められて、頼りにされて。親にもいい子だって言われて。アリスだって、先生の一押しで決まったのだ。きっと紗生ちゃんならアリスにぴったりって、先生が言ったから。だから。

 私は主役に、ふさわしい人間。

 でも、何かが、おかしい。

 主役を任されても、ちゃんとできる子。ヘマもしない。セリフをとちったりもしない。緊張してカチコチになって、壇上で動けなくなることもなかった。むしろアドリブだってやった。会場の受けもとることができた。

 そう思い続けられていれば、楽だったのに。

 でも、無理だった。その違和感を無視することはできなかった。

 どれだけ頑張っても、どれだけ褒められても、決定的な何かが、自分が本当に求めている何かが、私には欠けているような気がした。

 そして、私が本当に、主役の座より、真面目さより、先生の評価より、何より、心の底からほしいもの。喉から手が出るほど、ほしいもの。

 それを、Sちゃんは持っていた。

 成長し、次第に大きくなって、中学や高校に入って、それを持っているのは、何もSちゃんだけではなかったのだということに、徐々に勘付いた。

 それほど多くはないけれど、必ず、一定数は存在する。クラスに数人。

「やっぱりさ、あの子には、華があるよね」

 華がある。

 そうか、そうか。それだ。それのことを言いたかったんだ。

 ふと偶然耳にした言葉が、妙にしっくりきた。

 そうか、Sちゃんが持っていて、私は持っていないもの。

 それは、華だ。

 私は、華がほしいんだ。

 このクラスの人間を、「華がある子」と「華がない子」に分けるとしたら、絶対に、華があるほうに行きたいと思った。

 だからまずは、華がある子に近付いてみた。そして、その子の一番の友達になろうとした。ライバルはたくさんいた。華がある子の周りに陣取ることによって、自分自身こそが「華がある」タイプであると主張しようとする、「紛い物」もたしかに一定数、存在した。

 そして私自身も、その「紛い物」の一部であることに違いなかった。自分は本当に華がある人間ではないという事実に一度、蓋をして、クラスの中心的人物を演じようとしていた。真似をしているうちに、自然と自分にも華が身についていくような気がした。

 変わらなきゃ。私も、持っている側の人間にならなきゃ。

 でもどこをどうすればいいのか、何がどうなったら自分は「華がある」人間だと証明できるのか明確にはわからなくて、ただ、その思いだけ抱えて、ずっと、もがいていた。