「人種・民族に関する問題は根深い…」。コロナ禍で起こった人種差別反対デモを見てそう感じた人が多かっただろう。差別や戦争、政治、経済など、実は世界で起こっている問題の“根っこ”には民族問題があることが多い。芸術や文化にも“民族”を扱ったものは非常に多く、もはやビジネスパーソンの必須教養と言ってもいいだろう。本連載では、世界96カ国で学んだ元外交官・山中俊之氏による著書、『ビジネスエリートの必須教養「世界の民族」超入門』(ダイヤモンド社)の内容から、多様性・SDGs時代の世界の常識をお伝えしていく。
「地方分権」がドイツのキーワード
世界で最も地方分権が進んでいる国はどこなのか。私はその国は、ドイツだと思います。
今回は、そんなドイツについてご紹介します。
ゲルマン系のフランク王国の西がフランスに、東がドイツに、南がイタリアになったことはよく知られています。フランスがフランス革命の後、国家としての歩みを早々に始めたのに比べて、ドイツとイタリアの国の統一は遅れました。
現在、ドイツの領土である地域は、中世では神聖ローマ帝国の名のもと、ヨーロッパ全体は長らくハプスブルク家の支配下にあり、カトリック教会も絶大な権力を持っていました。
神聖ローマ帝国は中央集権的ではなく、むしろ分権的で、皇帝は選帝侯と呼ばれる有力な領主たちによって選出されていました。
18世紀頃のドイツ各地には、自治を認められた自由都市が複数生まれ、それぞれ独自の文化を育むようになり、その自由な雰囲気のもと芸術家や哲学者が多く生まれました。
その代表格といえるベートーヴェンは、1770年ケルン大司教領の首都ボン生まれ。ケルン大司教は選帝侯の1人で、その実力のほどは天に向かって聳そびえ立つ美しい大聖堂を見れば一目瞭然です。
すなわち、地方であっても有力なトップのもとでボンは繁栄しており、ベートーヴェンの音楽的才能の揺籃としてふさわしい場所でした。ボンの繁栄から誕生したベートーヴェンは分権ドイツの一つの象徴です。
また、モーツァルトはオーストリアの作曲家として知られていますが、彼の時代のザルツブルクも神聖ローマ帝国の司教国。ハイドンやシューマンも、ドイツ圏の作曲家です。
音楽ばかりではありません。ゲーテはフランクフルト出身。ゲーテと並び称される詩人のシラーは、今のシュトゥットガルトにあたるヴュルテンベルク公国で領主に頭の良さを認められています。
カントは生まれ育った東プロイセンのケーニヒスベルクで生涯を送りましたし、思想家、経済学者のマックス・ウェーバー、マルクスもドイツの出身です。
当時のドイツ語圏の中心地ウィーンの一強ではなく、地方分権的であったことで、個性豊かな優れた人材が地方で生まれました。
全員が都を目指すのではなく、各地で自分の花を咲かせて切磋琢磨していくのがドイツの強みだ――これが私の仮説です。
州ごとの独自性はいい意味でのプライドとなっており、競争やマウンティングとは異なります。どれが一番ということではなく、それぞれに誇りがあるというのがドイツの特徴だと思います。