課題解決の話し合いが、個人攻撃に変わる瞬間

 思えば、子どもの頃の大縄跳びのときも本当にそうだった。

「大縄跳びで毎回ひっかかる子」がいると、最初はその子のことをフォローしようとチーム全員でがんばるのだが、何回フォローしても絶対に転ぶ、何度飛び方を教えてもどうしても飛べない、というのが続くと、みんなのイライラがおさまらなくなってくる。言葉にはしなくとも、「あいつさえいなければ大縄跳びでいい結果が出せるのに」「このままじゃ運動会で優勝できないよ」という焦りとフラストレーションが、クラス全体に蔓延していく。

 そして、次第に「どうやったら飛べるようになるか」という課題解決の話し合いが、「なんであいつはだめなのか」という個人攻撃に変わっていくのだ。で、そういう「あいつの悪口を言っても許される。なぜなら悪いのは自分ではなくあいつだから」という空気が徐々にクラス中へと蔓延していくのは、実はリーダーにとっては非常に都合がいい。チームをまとめるためにはそんな「合理的に責められるべき誰か」が一人いた方が効率はよくなるからだ。その子さえ責められていれば他の問題が見えづらくなるし、集団のモチベーションも上がりやすい。その頃には「悪口を言ってしまう自分」に対してあるいは罪悪感を抱える人もいるだろうけれど、それよりも集団の圧力というのはずっと強い影響を与えるもので、無思考のままただ漫然と暮らしているだけだと、「いやいや、みんなが言ってるんだから正しいに決まってる」という思い込みに囚われることになってしまう。