言葉の見立てによる知的遊戯
なぞなぞはダジャレである
前回解説した「形状オンリーもの」に続いて、今回取り上げるダジャレ亜流部隊は、「なぞなぞとダジャレ」「間違いツッコミ待ちモノ」です。
まずは、なぞなぞについてから参りましょう。
まずは僕が声を大にして伝えたいメッセージを聞いてください。
「なぞなぞはすべてダジャレ」
断言します。一見そう思えないものもありますが、基本構造としては、言葉の見立てによる知的遊戯として成立しているもの。その説を裏付ける話として、恐縮ながら、僕の共著書、『バカには絶対解けないナゾナゾ』白崎博史+石黒謙吾(朝日新聞社)のことから。
共著者の白崎さんは、僕がリスペクトし、飲み友達でもある先輩。昔なぞなぞブームがあったころ、ラジオや書籍でなぞなぞをたくさん作っていた。これがよくできている。そして面白い、すごいセンスあるなあと敬服してます。
そして一方白崎さんのほうは、僕が『ダジャレ ヌーヴォー』を出したとき相当面白がってくれた。そして扶桑社の僕の担当者が共通の知り合いだったので、紹介してとなって合い意気投合平八郎した次第。
あ、ちなみに、いま流れのまま出てきたこのダジャレも、なぞなぞになるわけですよ。じゃあ作ってみますか。
Q「知り合った人とすぐに友達なっていた、日露戦争の勝利に貢献した日本海軍司令官は誰?」 A「東郷平八郎(意気投合だから)」こんな感じ。
これはヒントパーツをやさしめにしたバージョンです。<知り合った人とすぐに友達なっていた>部分を<友達が多いので有名だった>とすると多少難しくなります。<交友関係が広かった>ぐらいにシンプルにするとさらに。