大学入試英語から取り残される公立学校

親世代の常識は通用しない!<br />大学受験の英語は<br />「超難化」している!表1:英語教科書の分量と難易度の高い語彙の比較

 このように難関大学を中心に英語の試験が難化する一方で、中高の学校教育はどのように変わってきただろうか。

 この30年あまり、地方の公立学校も含め、英語を母語にする英語指導助手(ALT)の配置や、小学校3年生からの英語活動開始、同5年生からの英語教科指導など、英語教育の全般的な底上げが図られてはきたが、こうした努力の一方で、英語教育を通じて生み出される教育格差の現実には、惨いものがある。事実、毎年の週刊誌に掲載される全国の高校ごとの大学合格実績からも分かるように、難関大学合格者は都市部の進学校に集中する傾向が、近年より一層に顕著になっている。

 筆者は、イェール大学を辞してアメリカから帰国し英語塾を立ち上げて以来、東京だけでなく、郷里の山形県酒田市でも英語を教えてきた。地元酒田市の学校を中心に、公立中学校、高等学校の英語授業も見学し、研究会で教員の皆さんと議論をさせて頂いたことも何度もある。現場で指導にあたる先生方は、大変に熱心に教室でのアクティビティを運営するための工夫を重ねているが、一方で、公立学校の授業時間や検定教科書でカバーできる分量は限られ、大都市部の中高一貫校と格差が拡がっていくことが懸念される。

公立中学の標準的な教科書の難易度はあまり変化なし

 たとえば、公立中学校で採択される英語教科書としては、New Horizon (東京書籍)、Sunshine (開隆堂)、New Crown (三省堂)が主流である。

 このうち、義務教育終了時点である中学校3年生で使用するNew Crown の教科書本文で使用される語彙の分量と難易度を、1989年のものと、2019年のものとで比較すると、総語数も語彙の難易度もそこまで変化していないことがわかる(表1の左2つのセル)。

 単純に教科書の難易度や分量だけで比較するなら、大学入試が難化したスピードに検定教科書が追いついていない現実が、お分かりいただけるだろう。一方、大都市部の進学校を中心に採択されることの多い「New Treasure」「Progress」などは分量や語彙難易度という面では、難化する大学入試により近づいた内容になっているといえる(表1の右端のセル)。

 つまり、標準的なカリキュラムで到達出来る英語力とは別次元での実力に到達しない限り、難関大学への入学は難しくなっている。成功へのドアは、中学校段階で英語のスペシャルな教育を受けられる家庭には、かなり有利なかたちで開かれ、逆に独力で全てを解決しなければならない環境にいる生徒には厳しいものになっている。

 私が東京で運営する英語塾は、10年前に20名の生徒でスタートしたが、現在では6000名の生徒数を数えるまでに成長している。これは皮肉にも英語教育格差を明確に意識し、学校だけでは英語教育ニーズが充足されないと考える保護者が多いことの表れでもあり、単純に自らの事業が成長してきたことを喜んで良いのか、複雑な心境である。

 とはいえ、グローバル化する社会で要求される英語力の水準を考えたときに、英語教育の水準を易しいままに保っておくことは許容される状況ではない。必要とされる施策は、地方の公立学校も含め、充実した語学指導を受ける環境を全国的に保証し、ボトムアップを図ることだろう。

 そのためにも、予算措置や指導者の育成、学校からアクセスできる無料学習リソースの開発など、すべての環境にある生徒にも幅広く学習機会が提供されることを望みたい。

著者:斉藤淳(さいとう・じゅん)
J PREP斉藤塾代表/元イェール大学助教授/元衆議院議員
1969年、山形県生まれ。イェール大学大学院博士課程修了(Ph.D.)。研究者としての専門分野は比較政治経済学。ウェズリアン大学客員助教授、フランクリン・マーシャル大学助教授、イェール大学助教授、高麗大学客員教授を歴任。
2012年に帰国し、中高生向け英語塾を起業。「第二言語習得理論(SLA)」の知見を最大限に活かした効率的カリキュラムが口コミで広がり、わずか数年で生徒数はのべ3,000人を突破。海外名門大合格者も多数出ているほか、幼稚園や学童保育も運営し、入塾希望者が後を絶たない。
主な著書に、『ほんとうに頭がよくなる 世界最高の子ども英語』(ダイヤモンド社)のほか、10万部超のベストセラーとなった『世界の非ネイティブエリートがやっている英語勉強法』(KADOKAWA)、『10歳から身につく 問い、考え、表現する力』(NHK出版新書)、また、研究者としては、第54回日経・経済図書文化賞ほかを受賞した『自民党長期政権の政治経済学』(勁草書房)がある。