唾液はどこから出ているのか?、目の動きをコントロールする不思議な力、人が死ぬ最大の要因、おならはなにでできているか?、「深部感覚」はすごい…。人体の構造は、美しくてよくできている――。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント9万人超のフォロワーを持つ著者が、人体の知識、医学の偉人の物語、ウイルスや細菌の発見やワクチン開発のエピソード、現代医療にまつわる意外な常識などを紹介し、人体の面白さ、医学の奥深さを伝える『すばらしい人体』が発刊された。坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。好評連載のバックナンバーはこちらから。
医療現場ではありふれた診察法
数ある身体診察法の中で、最も患者さんを当惑させてしまいがちなのが「直腸診」である。直腸診とは、肛門に人差し指を挿入して行う診察法だ。医療現場では毎日のように行われる、比較的ありふれた医療行為である。
身体診察と言えば、胸や背中に聴診器を当てられたり、目や首筋を触られたりした経験は誰しもあるだろう。内科の健診で口の中に舌圧子(ヘラのような道具)を入れられたり、耳鼻科の健診で鼻や耳に器具を挿入されたりした経験もあるはずだ。
ところが、肛門に何かを挿入されたことのある人は少ない。自分の指はおろか、他人に指を入れられたこともない、という人が多数派だ。
前述した聴診や触診などの診察法と違い、直腸診は成人に対して行われることが多い。多くの人が幼少期から経験する診察法と比べると、馴染みが薄いのだ。
こうした背景から、直腸診を行う際、「今から肛門に指を入れて診察します」と伝えると、患者さんは思わず動揺してしまうのである。
では、直腸診はどのような目的で行われるのだろうか?
直腸診は大切な診察法
直腸診で得られる情報は非常に多い。
例えば、直腸のがんやポリープは、肛門から指で届く範囲にできると、直腸診でその存在を正確に捉えられる。腫瘍の硬さや大きさ、肛門からの距離が分かるほか、指で触って可動性を確認することで、がんがどのくらい深く浸潤しているか(広がっているか)も分かりやすい。
特に、手術を受ける予定の患者さんに対し、外科医ががんの情報を正確に把握するために直腸診を行うケースも多い。指で直接病変を触ることで、大腸カメラ(下部内視鏡検査)やCT、MRIなどの検査では得られにくい情報が得られるからだ。
また、前立腺を診察する方法としても、直腸診は一般的だ。
前立腺は骨盤の奥底に存在し、直腸と薄い壁一枚を隔てて隣り合わせにある。肛門から指を入れると、直腸の壁越しに前立腺を触れることができる。前立腺がんや前立腺肥大、前立腺炎など、前立腺の病気の診断に直腸診は有用なのだ。
便の性状を知る
直腸診は、便の性状を知る目的で行われることもある。
例えば、指に付着した便が海苔の佃煮のように真っ黒で、胃や十二指腸からの出血を疑うケースなどが好例だ。
特に高齢者の場合、便の異変に自身で気づけないことも多い。直腸診を行えば、診察室で医師が便の状態を直接視認できるのだ。
直腸診は、指に潤滑ゼリーをつけ、患者さんに深呼吸をしてもらいながらゆっくり行う。多くの場合、特段の痛みはなく、短時間で終わる。副作用などのデメリットはほぼない上、得られるメリットは大きい。
今後どれほど検査機器が進歩しても、なくなることはまずありえない診察法であろう。
(※本原稿はダイヤモンド・オンラインのための書き下ろしです)