唾液はどこから出ているのか?、目の動きをコントロールする不思議な力、人が死ぬ最大の要因、おならはなにでできているか?、「深部感覚」はすごい…。人体の構造は、美しくてよくできている――。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント9万人超のフォロワーを持つ著者が、人体の知識、医学の偉人の物語、ウイルスや細菌の発見やワクチン開発のエピソード、現代医療にまつわる意外な常識などを紹介し、人体の面白さ、医学の奥深さを伝える『すばらしい人体』が発刊された。坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。好評連載のバックナンバーはこちらから。

【外科医が教える】ロボット手術は「人工知能が執刀する」は大きな誤解Photo: Adobe Stock

手術ロボット「ダビンチ」

 二〇一八年、TBS系列で放送された医療ドラマ『ブラックペアン』に、「ダーウィン」と呼ばれるロボットが登場した。驚いたのは、実際の手術で使用されるロボット「ダビンチサージカルシステム」が使用されたことだ。

 天才外科医、渡海征司郎がサージョンコンソール(いわば操縦席)に座る姿は、さながら実在の外科医であった。

 手術支援ロボット「ダビンチサージカルシステム」は、アメリカのインテュイティブサージカル社によって開発され、一九九九年に販売が開始された。その名はもちろん、解剖学にも造詣の深かったルネサンス期の天才、レオナルド・ダ・ヴィンチにちなんだものだ。

 ロボット手術は内視鏡手術の一形態である。「鉗子」をロボットアームが持ち、これを人間が操縦することで内視鏡手術を行う。カメラを持つのももちろんロボットアームだ。

「ロボット手術」というと「AI(人工知能)を搭載した手術ロボットが自動で手術してくれる」と誤解されがちだが、そうではない。あくまで鉗子をロボットアームで動かすもので、操作するのは人間だ。よって、正確には「ロボット支援手術」と呼ぶ。ロボットが術者をサポートしてくれる、ということだ。

ロボット手術の利点

 利点はさまざまにある。鉗子に関節がついているため、体内の深いところで自由度の高い動きができる。座ったまま操作できるため、術者の疲労が軽い。

 3D映像を見られることで、肉眼に近い視野が得られる。手を五センチメートル動かせばロボットアームが一センチメートル動く、といったように、動かした幅を縮小して伝える「モーションスケール」で細かい操作がしやすい、といった点である。

 日本では、二〇一二年に前立腺がんの手術に対して初めて保険が適用された。骨盤内の最深部にある前立腺は、手術支援ロボットの強みがもっとも生かせる臓器の一つだ。二〇一八年には消化器、心臓、婦人科領域など広い範囲に保険承認され、ますます普及が進んでいる。

 二〇一九年、世界市場の七割のシェアを占める「ダビンチ」の特許がついに期限切れとなり、手術支援ロボットの開発競争は激化している。複数の日本企業も参戦しており、今後さらなる成長が期待されている領域だ。

 かつてレオナルド・ダ・ヴィンチは、自身で約三〇体の人体解剖を行い、七〇〇枚を超える精緻な解剖図を書いた。ルネサンス期には、それまで禁止されていた人体解剖の制限が解かれ、解剖学が著しく進歩したのだ。

 あれから五〇〇年以上の時を経た今、ダ・ヴィンチの名を冠した手術支援ロボットが世界中で活躍していると思うと、実に感慨深いものである。

(※本原稿は『すばらしい人体』を抜粋・再編集したものです)