経団連・斎藤英四郎、日商・石川六郎
 日本がバブル景気に沸いた1980年代後半、まさにそのさなかの「週刊ダイヤモンド」1989年1月7日号で、経済団体連合会会長の斎藤英四郎(1911年11月22日~2002年4月22日)と、日本商工会議所会頭の石川六郎(1925年11月5日~2005年12月14日)という、財界トップの2人が対談をしている。

 両財界トップが対談のテーマに置いたのは、景気は良いが日本は本当に豊かといえるのかという点である。石川は「購買力平価で比較してみると、円が1ドル=120円そこそこにもかかわらず購買力平価は200円プラス数円。従って、実質所得は米国に比べて1人当たり70%にすぎない」と指摘。「これを直すことが今後の日本の真の豊かな社会、いわゆるクオリティー・オブ・ライフを高めていくために必要だ」と語っている。斎藤も「実際にはおそらく米国の7割くらいの豊かさじゃないか」と語り、「“国富んで民貧し”ではいかん。米国は逆です。国貧しくして民は富んでいる」と強調する。

 折しも、ヒト・モノ・カネが東京に一極集中することにより土地の急騰という弊害が出ており、地域の活性化が大きなテーマとなっていた時期である。規制改革、行政改革によってこうした構造を是正すべきという意見で、2人は一致している。特に斎藤は「幸いにして、今は景気が良い。国も富んでいるときだから、為政者はいい計画があったら実行する。経済人もそう心掛けるべきじゃないか」と最後に提言している。

 しかし2人が“好機”と捉えた好景気も、この89年の年末、12月29日に日経平均株価が史上最高値の3万8957円44銭を付けたのをピークに、下り坂に転じていく。その後の経済低迷では、対症療法に追われて抜本的な改革ができず、「失われた20年」とも呼ばれる時間を空費してしまった。

 その間、日本は68年から40年以上にわたって維持してきた、名目国内総生産(GDP)で米国に次ぐ世界2位という地位を2010年に中国に譲り、3位となった。もっとも、国内の経済活動の指標であるGDPは、人口が多い国ほど高くなりやすい。そのため1人当たりGDPに注目することが大切なのだが、IMF(国際通貨基金)統計に基づく1人当たり購買力平価ベースGDP(20年)では、日本はむしろ33位に沈んでいる。89年に財界両トップが憂えた「国富んで民貧し」の状況は、さらに悪化しているのである。(週刊ダイヤモンド/ダイヤモンド・オンライン元編集長 深澤 献)

好況だが裕福感に欠ける日本
クオリティー・オブ・ライフを高めよ

――景気は予想以上に良いが、何か問題点、落とし穴といったものはないか。

「週刊ダイヤモンド」1989年1月7日号1989年1月7日号より

斎藤 まず1989年の景気見通しだが、前半は、今の好景気が続くとみている。問題は、後半からどうなるかだ。私は、個人消費を除いて住宅投資、工業生産、公共投資などは後半からスローダウンするのではないかとみている。

 88年は、米国をはじめヨーロッパなど世界が大変な好況に恵まれた。

 国内では広い意味での構造改革が進んだ。規制緩和もあり、それが輸入増加につながっていった。内需拡大が続くというように、主体的な条件と客観的な条件がうまくミートしたため、好況になったというのが実態だ。