パイプラインによる石油・ガスの輸出は、ロシア経済の約7割を占める。そのうち、欧州向けの輸出は石油で5割超、ガスで7割超だ。重要なことは、パイプラインは売り先を変えられないので、欧州向けを中国向けに変えることができない。つまり欧州との取引が停止すれば、単純にロシアの売り上げはゼロとなる。たとえ中国向けパイプラインの石油・ガスを増産しても、とても欧州向けをカバーすることはできない。

 欧州は、少しずつだが、カタールなどから代替の石油・ガス調達を進めている(第298回・p4)。欧州が、全面的にロシア産の石油・ガスの取引禁止を決めて、ズベルバンク、ガスプロムバンクのSWIFTからの排除を決定すれば、ロシア経済は間違いなく崩壊し、ロシア国民は困窮するだろう。

 要するに、プーチン大統領が泥沼の戦争に突き進むことは、ロシアの政治家・官僚のためでもなく、ロシア国民のためでもない。それでは誰のためか。突き詰めると、プーチン大統領の保身のためだけなのだ。

 しかし、プーチン大統領は国民に向けた演説で「ジェノサイド(集団殺害)から人々を救う」とウクライナ軍事侵攻を正当化した。また、ロシアはウクライナとの停戦協議で「軍隊を持つ中立化」を提案したりしている。

 今、ロシアは、いかにプーチン大統領が引いたのではなく、戦果を挙げたという形で停戦するかを模索しているようだ。要は、「プーチンの顔をいかに立てるか」が、停戦実現の最大の課題となってしまっているのである。

有事の際、権威主義体制の国は機能不全に陥る

 権威主義体制では、指導者の政策の間違いを正すには、政権を倒す体制変革、最悪の場合武力による革命が必要になる。よって、まさに今、プーチン大統領の暗殺やクーデターの可能性があるかが焦点の一つとなってしまっているのだ。そして、何よりも重要なのは、そのとき、多くの人々の生活や生命が犠牲になってしまうことなのだ。

 欧米や日本の自由民主主義体制ならば、指導者の政策の間違いを修正するのは、それほど難しいものではない。基本的に情報がオープンであることを通じて国民は指導者の間違いを知ることができるからだ。そして、間違いは選挙を通じてやり直すことができる。それが、自由民主主義にあって他の政治体制にはない最大のメリットである。

 ちなみに、ウクライナ紛争の停戦協議に、中国が仲裁に入るかどうかが焦点の一つとなっている。中国共産党とロシアの野党・連邦共産党は関係が深く、中国がロシアの国内政治に手を出して混乱させたという情報はあるが(第297回・p5)、中国が仲裁に関与することは難しいだろう。

プーチン保身でロシア国内総崩れ?有事に崩壊する権威主義体制の弱点本連載の著者、上久保誠人氏の単著本が発売されています。『逆説の地政学:「常識」と「非常識」が逆転した国際政治を英国が真ん中の世界地図で読み解く』(晃洋書房)

 習近平国家主席が仲裁して停戦が実現したという「演出」ができそうにないからだ。

 中国の権威主義体制では、習主席は絶対に正しく、間違うことがない。仲裁しても物別れに終わったでは都合が悪い。中国が仲裁するのは、停戦をまとめる確証がある場合だけだ。

 ウクライナ紛争が明らかにしていることは、ロシアや中国のような権威主義体制が、有事において機能不全に陥ることであり、自由民主主義体制のしたたかな強さだ。

 何度でもいうが、東西冷戦終結後の約30年間、欧州の勢力争いにおいてNATOはすでにロシアに完全勝利しているのだ。我々は、自由民主主義体制に自信を持つべきなのである。